第5話 いるよ


闇の中で、氷のように冷たい小さな手が五十嵐の手を掴んだ。


……恐怖に慄きながらも、五十嵐は覚悟を決めた。

美咲ちゃんを救うためには、彼女の望みを叶え、共に遊んであげなければならない。


「美咲ちゃん……何して遊ぶ?」


五十嵐は、闇に向かって問いかけた。


すると、くすくすとした笑い声が聞こえてきた。


「か、くれんぼ……ぉ」


「かくれんぼか……。わかった。じゃあ、おじちゃんが鬼ね」


五十嵐は、人形をそっと部屋の真ん中に置いた。


「うん……っ。めをつぶって……ぇ、かぞえて……」


美咲ちゃんの声が、すぐ近くで聞こえた。

ーーまるで、本当にそこにいるかのように。


五十嵐は目を閉じ、ゆっくりと数を数え始めた。「1……2……3……」



数えている間、部屋の中をぱたぱたと小さな足音が走り回る音が聞こえた。

まるで、美咲ちゃんが本当にかくれんぼをしているかのように。

五十嵐は、恐怖と期待が入り混じった複雑な感情を抱きながら、数を数え続けた。


「……98……99……100!もーういーいか〜い?」


五十嵐は目を開けた。しかし、部屋の中には誰もいなかった。五十嵐の作った人形だけがぽつねんと置いてある。

ただ、闇の中から、かすかな笑い声が聞こえてくるだけだった。


「美咲ちゃん……どこにいるんだ……?」


五十嵐は人形を抱きあげて、部屋の中を探し始めた。


クローゼットの中、ベッドの下、カーテンの裏……あらゆる場所を探したが、美咲ちゃんの姿はどこにもなかった。

ただ、時折、かすかな笑い声と足音が聞こえてくるだけだった。


「美咲ちゃん……出ておいでよ……?もう、かくれんぼは終わりだよ……。おじちゃんの負けだ!」


五十嵐は不安と焦燥感に駆られながら、声をかけた。



その時、窓の外から、美咲ちゃんの声が聞こえてきた。


「……みぃつけた……」


五十嵐は、窓の外を見た。しかし、そこには誰もいなかった。

ただ、街の夜景が静かに広がっているだけだった。


「美咲ちゃん……?お、鬼はおじちゃんだよ」


五十嵐は、震える声で再び問いかけた。


すると、背後から冷たい手が五十嵐の肩に触れた。

ーー五十嵐は、ゆっくりと振り返った。


そこに立っていたのは、巨漢と言われる五十嵐よりも巨大になった歪な肉人形だった。

雑に縫い合わされた腕はぞっとするほど冷たかった。そして、五十嵐を見つめているらしい目は肉がくり抜かれただけの真っ赤な穴で、まるで生気がなかった。


美咲ちゃんであるらしい歪人形は、ギザギザに裂かれた肉の口を笑顔の形に歪ませ、五十嵐を見つめ、言った……。

「……みぃつけた……あそぼ、もっと……ずっと、もっともっと、あそぼぉ……あああそぼぼぼぼぼぉおーー」


美咲ちゃんの言葉は、まるでテープに録音された音声のように、抑揚がなく、感情がこもっていなかった。


五十嵐は、異形と化した美咲ちゃんの異様な様子に恐怖を感じながらも、孤独から化け物に成り果ててしまった少女に憐れみも感じーー言ってしまった。


「……ああ……、おじちゃんと遊ぼう。美咲ちゃん……永遠に……」


美咲ちゃんは五十嵐の手を取り、闇の中へと消えていった。

二人は、永遠に続くかくれんぼを始めた。



翌日、五十嵐の姿は自宅から消えていた。

警察は、大規模な捜索を行ったが、五十嵐の行方は掴めなかった。まるで、この世から消えてしまったかのように。



この事件の起こったS県G市の人々は、二度と同じ悲劇が起こらないように、美咲ちゃんの冥福と五十嵐刑事の無事を祈った。



街には、再び平和が戻ったかに見えた。

しかし、人々の心には拭い切れない不安が残っていた。

美咲ちゃんの霊は、本当に消えてしまったのだろうか?

それとも、まだどこかで、永遠の遊び相手を探し求めているのだろうか?


「歪人形の話を聞くと、夢の中に美咲ちゃんが来る」

「美咲ちゃんと遊ばなかった子供は一部を切り取られて、歪人形のパーツにされる」

「美咲ちゃんの友達になったら、死ぬこともできずに永遠に闇の中でかくれんぼをさせられる」

「助かりたいなら、他の人にこの話をすること」


ーー事件から40年近く経った今でも、S県の子供達に語り継がれている噂話である。




そして、ある夜……公園のブランコが、かすかに軋む音が聞こえた。まるで、見えない誰かが座っているかのように……。

闇の中から、子供のような甲高い笑い声と、宥めるような男の声が聞こえてきた。


ーーそれは、まるで、永遠に続くかくれんぼの始まりを告げるかのように。

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S県児童連続欠損事件と歪人形についての記録 Iso @yakinikunosato

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