第4話 あそぼぉ
歪なボロボロの人形を手にした五十嵐は、言いようのない寒気に襲われた。
公園のブランコは空なのに、かすかに軋む音が聞こえる。
キィ……キィ……。
まるで、見えない誰かが座っているかのように……。
子供の声は幻聴だったのか、それとも……。事件解決後も残る違和感は、五十嵐の心に暗い影を落としていた。
勇太くんと莉奈ちゃんは記憶を失ったまま日常生活に戻りつつあったが、完全には以前の明るさを取り戻せていなかった。
勇太くんは時折、夜中に「かえして、かえして……!」とうなされるようになり、莉奈ちゃんは暗闇を異常に怖がるようになった。
両親たちは、子供たちの異変に気づきながらも、原因不明の不安を抱えていた。
五十嵐は、木村老人を訪ね、公園での出来事を話した。
木村老人は神妙な面持ちで話を聞き、静かに言った。
「……美咲ちゃんの魂は解放されたはず……。しかし、彼女の強い執着がこの地に影を残しているのかもしれん……」
「執着……、ですか?」五十嵐は尋ねた。
「ああ。完全な体への執着……そして、遊びたいという子供らしい純粋な願い……。それが混ざり合い、この世に留まっている可能性がある」
木村老人は、手にした数珠をゆっくりと回しながら続けた。
「恐らく、残された美咲ちゃんの穢れた意志は自分が死んだことをいまだに理解していない。だから、まだ子供たちと遊びたがっているのじゃろう……」
五十嵐は、美咲ちゃんの生前の様子を思い浮かべた。
いつも一人で人形遊びをしていたという美咲ちゃん。
友達と遊ぶことはほとんどなかったと恵が洩らしていた。
事故で肉体と左腕を失い、さらに孤独を深めた美咲ちゃんの魂は、完全な体の人形となって、一緒に遊んでくれる友達を求めて彷徨っているのかもしれない。
「何か……我々にできることはないのでしょうか?」
五十嵐は、藁にもすがる思いで木村老人に尋ねた。
木村老人は少し考えてから口を開いた。
「美咲ちゃんの未練を断ち切るには、彼女に自分が死んだことを理解させ、安らかに眠らせてやらねばならん。そのためには……彼女が本当に欲していたもの、彼女が心から求めていたものを与える必要があるじゃろう」
「美咲ちゃんが本当に欲していたもの……?」
五十嵐は考え込んだ。完全な体、そして友達……。
しかし、美咲ちゃんはもうこの世の者ではない。どうすれば、彼女の願いを叶えることができるのだろうか?
その時、五十嵐は閃いた。
美咲ちゃんの部屋で見つけた、ばらばらになった大量の人形のパーツ。
美咲ちゃんは、それらを使って完全な体の人形を作ろうとしていた。そして、その人形となって一緒に遊びたかったのではないか?
五十嵐は、木村老人に自分の考えを話した。
「美咲ちゃんの残した人形のパーツで、完全な体の人形を作り、彼女に新たな体として贈るのです。そして、彼女が望んでいたように一緒に遊んであげる。そうすれば……彼女は自分が死んだことを受け入れ、安らかに眠ることができるかもしれません……!」
木村老人は、五十嵐の言葉に静かに頷いた。
「……試してみる価値はあるかもしれん。美咲ちゃんの純粋な心を救えるのは、同じように純粋な気持ちだけかもしれん」
五十嵐はすぐに美咲ちゃんの家へ向かい、両親の許可を得て、残されていた人形のパーツを持ち帰った。
そして、自宅で、美咲ちゃんが作りたかったであろう完全な体の人形を作り始めた。
ーー作業は深夜にまで及んだ。
五十嵐はまるで自分の娘に人形を作るかのような、不思議な愛情を感じながら、一つ一つ丁寧にパーツを組み立てていった。
そして、最後に、美咲ちゃんの左腕によく似たパーツを人形に取り付けた。
完成した人形は、まるで生きているかのように美しく、しかしどこか不気味だった。
五十嵐は人形を抱きしめ、美咲ちゃんの名前を呼んだ。
「美咲ちゃん……これは君のものだよ」
その時、部屋の電気が消え……あたりは深い闇に包まれた。
窓の外から、冷たい風が吹き込み、カーテンが激しく揺れた。
そして、子供のような甲高く裏返った声が聞こえてきた。「……あ、りがと……」「……あそぼぉ……いっしょに……あそぼ……ぉ」
五十嵐は恐怖に震えながらも、人形を抱きしめたまま静かに言った。
「……ああ……。遊ぼう、美咲ちゃん……」
闇の中から、小さな手が伸びてきて、五十嵐の手を掴んだ。
ーーそれは、まるで氷のように冷たかった。
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