第3話 かえれた
祠の奥は、意外にも広い空間になっていた。
そして、その空間の中央には、美咲ちゃんが立っていた。
しかし、その姿は、五十嵐が知る、写真で見た愛らしい美咲ちゃんとは全く違っていた。美咲ちゃんの左腕と右足には、祠で見つけた人間の子供の左腕と右足が縫い付けられていた。
ーーまるで、人形の腕を交換するかのように。
美咲ちゃんの顔は、生気のない青白い色をしていた。
そして、目は虚のようで、焦点が定まっていなかった。まるで、魂が抜けた人形のようだった。
「……美咲ちゃん……?」
五十嵐は、恐る恐る声をかけた。
しかし、美咲ちゃんは、五十嵐の声に反応を示さなかった。ただ、虚空を見つめたまま、微動だにせず立っていた。
その時、美咲ちゃんの口から、かすれた声が聞こえてきた。
「……やっと……私の体…」「……これで……おうちに帰れる……」「……もう……これでいたくない……」
美咲ちゃんの言葉は、まるで録音された音声を再生しているかのように、抑揚がなく、感情がこもっていなかった。
五十嵐は、美咲ちゃんの異様な様子に恐怖を感じながらも、話しかけ続けた。
「美咲ちゃん、君は……一体どうなってしまったんだ……?」
「どうして……こんなことを……?」
美咲ちゃんは、ゆっくりと五十嵐の方を向いた。
そして、虚ろな目で五十嵐を見つめ、言った。
「……私は……人形……」「……壊れた人形……」「……でも……もう……大丈夫……なの」「……完全な体……手に入れたから……」
美咲ちゃんは、自分の左腕を撫でながら、にぃ〜っと笑った。まるで、念願のものを手に入れたかのように。
その時、五十嵐の後ろから誰かが現れた。それは、木村老人だった。
木村老人は静かに美咲ちゃんに近づき、言った。
「……美咲ちゃんや、苦しい思いをしたのじゃな……。だが、もう……終わりにするのじゃ……!」
美咲ちゃんは、木村老人を見るなり、怯えた表情を浮かべた。
「近づかないで……!」
木村老人は、優しく微笑みながら言った。
「わしはこの神社の神主じゃ……。美咲ちゃんを救いに来た……」
木村老人は、懐から小さな鏡を取り出した。
そして、その鏡を美咲ちゃんに向けた。鏡には、美咲ちゃんの本来の姿が映し出されていた。
事故に遭う前の、元気で明るい美咲ちゃんの姿が。
美咲ちゃんは、鏡に映る自分の姿を見て、驚愕した。
「……これは……私……どうして……?」
木村老人は、静かに言った。
「美咲ちゃんや、君はもう死んでいる……。君の魂はこの世に未練を残し、彷徨っている……。だがもう大丈夫じゃよ。わしが君の魂を解放してあげよう……」
木村老人は、鏡を手に持ち、呪文を唱え始めた。
すると、鏡から優しい光が放たれ、美咲ちゃんを包み込んだ。
美咲ちゃんは光に包まれながら、苦しそうに呻き声を上げた。
「……いや……嫌だぁあ……!私は……まだ……、生きていたい……!もっと、遊びたい……もっと……人形と、遊びたいぃ……」
美咲ちゃんの叫び声は、次第に小さくなっていき、ついには聞こえなくなった。
光が消えると、美咲ちゃんの姿は消えていた。
残されたのは、朽ち果てた……縫い付けられていた左腕と右足だけだった。
五十嵐は、呆然と立ち尽くしていた。
美咲ちゃんは、本当に消えてしまったのだろうか?それとも、別の場所へ行ったのだろうか?
木村老人は、五十嵐に近づき、言った。
「……美咲ちゃんの魂は解放されたんじゃ。もう……苦しむことはない……。安らかに眠るのじゃ」
五十嵐は、木村老人の言葉に、胸を撫で下ろした。そして、美咲ちゃんの冥福を祈りながら、祠を後にした。
事件は、こうして解決したかに見えた。
しかし、五十嵐は、心に一抹の不安を抱いていた。美咲ちゃんの魂は本当に解放されたのだろうか?それとも、まだどこかで彷徨っているのだろうか?
その答えは、すぐに出ることになる。
数日後、勇太くんと莉奈ちゃんは、奇跡的に回復し、退院した。
しかし、二人は、事件の記憶を失っており、左腕と右足を失った理由を覚えていなかった。
五十嵐は、二人の両親に、事件の真相を伝えるべきかどうか悩んだ。
しかし、結局、真実を告げることはできなかった。二人が、事件の記憶を取り戻した時に、再び恐怖に苛まれることを恐れたからだ……。
五十嵐は、事件の資料を整理しながら、美咲ちゃんのことを考えていた。
美咲ちゃんの霊は、一体なぜ、あのような事件を起こしたのだろうか?美咲ちゃんの心の中には、一体何が渦巻いていたのだろうか?
事件から数週間後、五十嵐は、美咲ちゃんの事故現場である公園を訪れた。
ブランコは、静かに揺れていた。まるで、美咲ちゃんがまだそこにいるかのように。
その時、五十嵐は、ブランコの足元に、小さな人形が落ちていることに気づいた。それは、祠で見た、あの歪な人形だった。
五十嵐は、人形を手に取り、見つめた。
そして、呟いた。
「……美咲ちゃん……。君は、まだ……ここにいるのか……?」
その時、背後から、子供のような高い声が聞こえてきた。
「……あ〜そぼー……」「……いっしょに……あそぼ……?」
五十嵐は、ゆっくりと振り返った。
ーーそこには、誰もいなかった。しかし、ブランコは、静かに揺れ続けていた……。
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