第8話

 外はまるで捨てられた波止場のしきつまったように、建築物やコンクリート群の突出した地形に黒っぽい潮が打ちつけて、その灰にそまる空模様に沁みこんでいくようである。草木も露地もなく、見渡す限りのコンクリート片。あまりにも単調な風景に、目の前を軽快にあるく少女の白肌が映えて、私には反対に不安を煽るようにうつる。


「…きみは誰なんだい」


 ようやっと口が開いた。私はどうやらこの幼くやけに健気に振るまう少女にすら、すっかり緊張して、しかしなにか下手をこけば後戻りの叶わぬできないことになりかねぬと、本能的に理解していたようである。


 少女は後ろで両手をにぎりながら、こちらに振りかえる。顔に張りついた笑みは、無機質に私の心情を脅かすような鋭さをもっている。


 私は妙な擦り傷のつかぬうちに顔を殺風景なコンクリートの方へ移して、目を逸らす。この内にも少女の顔色が気になり仕方のなくなって、私は斥力と引力の打ち消しあい、首の固定されたように動きを失う。


 自身の色覚の正常さを疑うほどの色彩に乏しい景色には、彼女の異彩な空気だけが浮きだって目の離せなくなるのだが、同時に何らかの畏怖が私の背後に迫ってきて質量すら感じそうなほどなのだ。


「あなたは私と遊ぶと約束したわ。あなたはただそれに従うだけよ」


 妙な耳鳴りが、少女の声をも掻き消さんと私の耳小骨を不快にならす。そのためか彼女の声がどこか彼方から聴こえてくるように感じる。意識までも殺がれてはっきりとしないので、重く鈍麻の罹って心象の沈みを避けるにも能わない。しかし彼女の写像だけは、はっきりと振れることなくみえいる。全く不快な高揚感に駆られて、己の理状すら支配下におくにはそれが溢れ過ぎてしまっている。


「何をして遊ぶんだ」


 私が自身の手頸に人差指を当てると、奇妙な脈拍が全身に響いて、耳鳴りと相成って私の聴覚すらも正常な機能を果たすに難のある状態である様だ。


「あなたは、わたしを捕まえるのよ」


 目の前に立つ華奢な少女をつかまえるだけという命令にも然かず、私は不可能をまるで掌で転がして眺めるしかないように感じられて、嘆息する他なかった。

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