氷雨儚し恋せよ若人

ムタムッタ

氷雨儚し恋せよ若人


「雪女ってさ、だいたい名前に『雪』ってつくよね」

「どうした急に?」


 真冬の12月にソフトクリームを食べながら、幼馴染の雪乃ゆきのは言った。いくら大好きだからって、帰りのバス停でこの時期に食ってる姿は寒気がする。


「だって私の名前雪乃じゃん? 妹は小雪、お母さんは雪菜、おばあちゃんはユキ。みーんな雪だよ?」

「そりゃ雪女だからだろ」

「捻りがないっていうかさぁ…………」


 雪乃は現代に生きる雪女だ。

 たまたまお隣さんで、ある夏の日に溶けそうになっているのを見て初めて知った。アイスを食わせたら戻ったことに驚いたのはそれが初めて。


 妖怪なんて単なる言い伝えかと思ってたけど、いるところにはいるもんだ。現役女子高生の雪女なんて滅多に見られないだろう。


「じゃあどんな名前ならいいんだよ」

「凛とか~葵とか~」


 どっかのランキングに載ってそうな名前たちを羅列しながら、雪乃はアイスのコーンに差し掛かる。


「もっとこうさ、雪っぽくない名前でもいいんじゃないかなーって。クールな感じなら雪女っぽくない?」

「雪女だぜぇ? 雪がアイデンティティだろーに」

「でもはるみたいに明るい名前とかの方が好きだけどなー」


 独自の感性を展開しながら、雪乃は俺の名前を口にした。単に名前の好みを呟いただけなのに、ちょっと胸がドキッとする。


「だって雪がいいなんて小さいときくらいじゃない? そりゃたまに雪遊びくらいなら楽しいかもだけど、降って喜ぶ人なんて少なくない? 今もバス遅れてるみたいだし」


 スマホの時間を見ると、確かに少し遅れているようだ。まぁ数分だろう。


「俺積もったら必ず雪だるま作ってるけど」

「晴はその少ない喜ぶ人のほうでしょ」


 冷たいツッコミだぁ。

 雪だるまも雪合戦もお前の妹と毎年やってるじゃないか。いっつもバカでかい雪だるまを作っては溶けたときに大惨事なのも恒例だ。


「雪にかき氷のシロップ掛けた時は引いたわ〜」

「男子は一度はやりたいと思うぞ」

「実際やったから引いてんの」

「お前もノリノリだったろ。腹壊したけどな!」

「あれからかき氷トラウマになってんだからねー⁉︎」


 お互いアホなものだ。というか、雪女なのに自然の雪で腹を下すってどういうことだ。


「お母さんにも言われるんだよ? 雪女として雪に負けるなんでダメだーってさ」

「へぇ意外、おばさん結構厳しいのな」

「将来はお母さんみたいにどっかで男の人凍らせるのかなー」

「え、おじさんって凍らされたの?」

「雪女なんだから結婚する人凍らせるに決まってるじゃーん」

「そんなご存知のように言われても……」


 小さくなったコーンをパクりと、雪乃は口へ放り込んだ。

 

「凍らせるならさー、せめて雪の好きな人がいいなぁー」


 ぽつりと呟く雪乃の鼻に、みぞれがゆっくりと降りてきた。


「雪の好きな男ならここにいるだろ!」

「え〜晴は雪バカなだけでしょ」


 呆れたような視線と一緒に、白い手が俺のうなじに触れる。冷凍庫で冷やしたような肌が身を震わせた。


「あぉぅん!」

「ハッハッハッハッハ、あぉぅんだって」

「お前なぁっ!」


 その肌の冷たさも、意外と悪くない。

 雪でバスがちょっと遅れるくらい、気にならない程度には。

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