4 ―結―
学校と家の間にというか、そもそも家のすぐ近くに古本屋がある。今もあるし二年前にもあったし、たぶんぼくが生まれる前からあったんだろうと思う。
数学と国語のテストの日の帰り、その古本屋に立ち寄って、軒先の百円均一で売っている文庫本を一冊買った。ぼくはその本を持って、家の前を通り過ぎた先にある神社の方に向かって歩いた。そのときぼくは、家出を決行するかどうかまだ迷っていた。
ぼくは買ったばかりの文庫本を、歩きながら読んでいた。その本は、やさしいテツガクの本だった。それは実際やさしい、つまり読みやすい本だった。途中ロンリの話は少し難しくて、分かったような分からないような曖昧な気分だったけど、まあ分かったということにして続きを読んだ。
神社には芭蕉の句碑が建っていた。芭蕉の俳句はもちろん古文で書かれていて、それを見ているうちに、さっきの国語のテスト中の憂鬱な気分がぶり返してきた。
ぼくはその句碑の近くの木陰に座って文庫本の続きを読んだ。テツガクの本らしかったので、「生きるとは何か」みたいなしかつべらしい話が書いてあるのかな? と思って読んでいたけれど、一向にそういう話にはならなかった。
ずっとその本を読み続けていると、「ぼくには家出をする理由なんて何もない」と、ふいに悟らされたような気がしてきた。ぼくはその読みかけの本をぱたりと閉じて立ち上がった。
最寄りの電車の駅に向かって歩きながら、さっき読んだ芭蕉の句を思い出したりしていた。「夏来てもただひとつ葉の一葉哉」。さっぱり意味が分からなかった。
そしてその日、ぼくは家に帰らなかった。
錯角 西添イチゴ @ichigo_n
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます