第6話

 週明けの月曜日、新入社員の猪村が出社すると、早朝のオフィスがざわついていた。何事かと思って、社員たちが集まる一角へと足を運んだ。犬村課長はしかめ面で腕組みをしていて、猫村係長は目に涙を浮かべていた。魚村主任も真っ青な顔をしていた。

「どうしたんですか?」

 猪村は問いかけた。いつもよりはっきりとした声で話しているのに全員が気がついた――猪村以外の全員が。


「こんなことってあるかよ!」

 袖をまくり上げた腕で、同期の鳥村は目元を拭った。

 中堅社員の鰻村うなぎむらは神妙にしており、鱝村えいむら鸚鵡村おうむも肩を落としていた。飲み会幹事だった鮒村ふなむらは沈黙していたが、その表情からはいかなる情報も読み取れなかった。


「馬村くんが死んだんだ」

 犬村課長が言った。

「本当ですか!?」

 猪村は叫ぶように言った。

「金曜の夕方ごろ、アパートの部屋で転倒して、タンスの角に頭を強打したようだ。即死と見られている」魚村が言った。「警察の現場検証では、コンビニ袋に足を滑らせたのだとか。部屋も散らかってたんだろうな、あいつ」

「あの飲み会のとき、馬村さんは死んでいたんだ……」

 自分に言い聞かせるように猪村は言った。


「お葬式の案内を出さなければなりませんね」

 沈んだ声で象村が言った。

「ああ。君たちにはもろもろ苦労をかけるがよろしく頼むよ」犬村課長は言った。「馬村くんにはずいぶん辛く当たってしまったな。後悔しても今となっては遅いが――薔薇ばらの花びら」

「えっ?」

 猪村は聞き返した。

「えっ?」

 犬村課長はきょとんとしていた。


 じょじょに馬村死亡の騒ぎはおさまり、オフィスにはいつもどおりの空気が流れ出していた。つまるところ、替えの効かない人間などひとりもいない。得てして社会一般において人の死などはすぐに忘れられるのである。

 死について、猪村は考えはじめた。人は死ぬとどこに行くのだろう? 馬村さんはいまどこにいるのだろう?

 考えても終わりはなかった。

 だから、そこで考えるのをやめた。


 パソコンでメーラーをチェックしていたら、鮒村からメールが一斉送信された。馬村の死亡日より四十九日後に、遅ればせながら新年会を開くかどうか是非を問うていた。十中八九、新年会は開かれるだろう。馬村はもともと飲み会から遠ざかっていた人間だったし、なにより犬村課長が乗り気であろうことは明白だったからだ。


 飲み会というものは、大なり小なりなんらかの人間関係の変化を組織・集団に与える。それはごくごく些細な変化であったりもするし、あまりにも大きすぎる変化だったりもする。だから、参加するのは楽しくもあり、億劫でもある。

 飲み会への参加に疲れを感じて、猪村は出席代行サービスでも頼もうかなと皮肉げに考えた。実を言うと、犬村課長を除く全員がその時同じことを考えていたのであるが。


「――薔薇の花びら」

 デスクで書類と向き合いながら、犬村課長はつぶやいた。


終わり

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飲み会出席代行サービス 馬村 ありん @arinning

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