第20話 生命の時間

 哲平と晴香も、地平線まで広がる草原に寝そべっていた。


 やっぱり、ある。


「晴香、空だ」

「うん、青いね」


 大きな雲が、2人の上をゆっくりと移動していく。


「あれも全部、偽物なんだろ」

「考え方次第よ。電気信号で作られていても、空は空よ」

「実体はないよ」

「触れるものしか存在しないの?」


 …………


 雲は過ぎ去った。


「岩崎が死んだ」

「そう…大変だったのね」


「晴香は、死ぬのは怖くないのか?」

「怖いって、未来を奪われること?それとも、過去を奪われること?」

「……うーん…そっか…」

 抱いてきた恐怖の正体を、とうとう言語化された。

「そう、それだよ。

 俺は銃を突きつけられた時、過去が頭を巡った。晴香との時間、岩崎との時間、他にも楽しかった時間も、辛かった時間も…。

 あの時の得体の知れない恐怖は、きっとそういう"時間"へのしがらみだったんだな。

 岩崎も、明里も、守りたい時間があったはずだ。

 山中で俺や島が殺してきた敵も…」


 あの時は向かってくる敵を、無我夢中で撃ち倒した。

 VRと同じように。

 彼らは、どんな青春を送ってきたのかな。


「同情の必要はないわよ。

 過去の時間が、その人を死に場へ導いただけ」

 晴香の言葉は、上空の雲同様にのんびりと哲平の上を漂った。

 

 優しい風が、2人の下の草花を揺らす。


「えっと…なんの話だっけ…」

「死ぬのは怖いか、でしょ。

 怖くないわよ。私は消し去りたい"時間"があるから」

 

「晴香はずっとそうだよな」

 ずっと何かを振り払うのに必死で、俺など眼中に無いようだった。

 俺だけじゃない。自分のことも、眼中に無いんじゃなかろうか。


「私は私の"時間"に運ばれてきた。

 あの雲だってそうよ。あれは私たちの"時間"に運ばれてきた雲じゃない。

 私たちの"時間"には存在しない」

 

 晴香は起き上がって草の上に座った。


「だから私は、自分の"時間"に決着をつけないと」


「そっか…」

 一度は観念したように目を閉じた哲平だったが、すぐに目を開いて起き上がった。

「でもいなくなっちゃあ困るぞ。

 俺の"時間"は、まだ成仏してないんだ」


 晴香の瞳は黒く大きく、やっぱり綺麗だった。


「フッ…大丈夫よ。

 たぶんね」


 そこへ、2人の前にモニターが浮かび上がった。

「野村だ。

 一旦戻ってこれるか?」

「わかった」

 立ち上がった哲平の右手を晴香が引いた。


(切って…)


 言われた通りモニターを切る。


「気をつけて。誰も信用しちゃダメよ。

 VRCの手はどこまでも伸びてくるわよ」


 哲平は彼女の目に微かな恐怖を見た。


「何か知ってるのか?」

「……今は、聞かないで」

「そうか、わかった」


 哲平が頷くと、2人はリアル世界に戻った。

 そこには桐野、野村の他に、もう1人年配の男が立っている。

「そちらは?」

「こちらは後藤賢治さん、夏美の父親だ」

「おや?家族はいないんじゃなかったのか」

「長い出張でね。今戻ったところだよ」

 後藤は人のよさそうな笑顔を浮かべている。

「もうじき妻も戻る。今夜はゆっくりもてなさせてくれ」


 その夜は屋敷で酒宴となった。

 哲平は隣の晴香が気になっている。

「酒、強いんだな」

「ふふ…哲平は全然進んでないよ?」

「うるせぇ」

 照れ臭そうに俯いた。

「ねぇ、それより見てよ」

 晴香の視線の先には、後藤と杯を酌み交わす桐野。

「気味が悪いわ」

 なるほど。気味が悪いほど上機嫌である。

「いやぁ、やっぱり面白ぇ親父だ。

 あんたのこと気に入ったよ」

 哲平も顔をしかめた。

「楽しそうだな、桐野」

「ああ、お前も聞けよ、この親父の海を渡る冒険譚。

 こいつはなかなかの漢だ」

 後藤も上機嫌で桐野の杯を満たす。


 野村が哲平の横に座った。

「あいつはよくあぁなるのか?」

「珍しいな。あんなに上機嫌なのは俺も久しぶりに見た」

 野村も杯を傾ける。


 

 晴香は部屋を見回している。

「そういえば夏美ちゃんは?」

「島もいねぇな。また2人で出て行ったか」


 島と夏美は再び丘の上にいた。

「あ、ほら、流れ星だ」

 ベンチに座り満点の星空を見上げる。

「知ってる?人は死んだら、流れ星になるんだって」

「なるほど」

 島は静かに目を閉じた。

「どおりで今夜は流れ星が多いわけだ」


「いいな」

「なにが?」

「私も飛んで行きたいよ」

「どこまで行く?」

「ずうぅっと遠くまで」

「そいつはいい」

「連れてってよ」

「え…?」


 それから生じた沈黙を抱えたまま2人は屋敷へ戻った。


 宴のあとの屋敷では、桐野と後藤だけが座っていた。

「もうっ、お父さん飲み過ぎよ」

「他のみんなは?」

 桐野が微笑を携え振り返った。

「もう寝たよ。

 お前たちも早く寝た方がいい。明日は忙しくなる」

「何するんだ?」

「この村もたびたび仮想国の連中に荒らされているらしくてな。

 これだけ世話になってるんだ。復興作業くらいは手伝おう」


 夏美が後藤を寝室へ連れて行ったところで、さりげなく島は桐野を外へ連れ出した。

「お前何企んでる?お前が人助け?」

「ばーか、一食一飯の恩義ってやつさ。

 人殺し稼業にも通すべき筋はある」

 

 酔いのせいか、桐野の目は座っていた。

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VR世界統一~新時代の国盗りゲーム~ みゅう @kakuyoooooom

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