第19話 休息
哲平たちは再び夏美の屋敷で机を囲む。
「話し合うべきことは色々あるが、とりあえず晴香の持ってる情報を教えてくれるか」
「それだけど、哲平と2人にさせてもらっていいかしら」
哲平が目配せすると、島と桐野は頷いて立ち上がった。
「いや、出ていく必要はないわ。
見せたいものもあるから、私たちが行くわよ」
晴香は哲平にVRゴーグルを投げ渡した。
VR世界で飛んだ先は、町外れの駐車場。
青空の下心地よい日光が降り注ぐ。
遠くに見えるは、ユートピア中心街。
「あの街に何かあるのか?」
「あっちじゃないわ。こっち」
晴香が指したのは反対に広がる森。
「運転してくれる?」
「ああ、いいよ」
2人を乗せた深紅のクラシックカーは軽快に走り出した。
「はい、これ。
VRCのコードよ」
「いいのか?」
「ええ、私が持ってても仕方ないし」
晴香は物憂げに窓の外の並木道を眺める。
「これは何に使うコードなんだ?」
「VRCのセキュリティにアクセスできる。
つまりVRCの最深部にたどり着いても、このコードが無いと入り込めないのよ」
「そうか…
仮想国の破壊コードってのは?」
「あんなのハッタリよ。
実際はちょっと中枢をいじれるくらい」
それより、聞きたいことはもっと他にある。
あの時もそうだった。
放課後の教室。
机に寄りかかる晴香は、長い髪を風に踊らせていた。
「夏休みはしばらく会えなくなるね」
教室の片隅。夕陽が窓から差し掛かる。
哲平も少し表情を暗くした。
「なあ、晴香…。
お前進路は…」
「ねぇ!夏休み明けたら紅葉見に行こうよ!」
この話題になるといつもこうしてはぐらかす。
あの時と同じ、微笑を携えたあどけない横顔。
変わったところと言えば、髪がショートになっている。
こうして見ると普通の女子だ。
「見せたいものって何なんだ?」
違うだろ!
いつも肝心なことが聞けない…。
「ああ、えっと…もうすぐ見えるよ」
晴香も何やら歯切れが悪い。
車はやがて並木通りを抜け、開けた公園に出た。
中央に噴水、それを一周する道を囲む紅葉で、視界は真っ赤に染め上げられた。
「これって…」
「ほら、学生のときに紅葉見に行こって言ったでしょ?
ここ見つけたときから、いつか哲平にも見せれたらなぁって思ってたの」
風の上で舞う深紅のシャワーを浴びて、車は軽快にタイヤを滑らせる。
「……そっか!よし、じゃあ俺もいいものを見せよう」
哲平が指を鳴らすと車が消え、2人は落葉の群れと共に舞い上がった。
「綺麗…。夢みたい」
「ああ、最高だ」
5年前にポッカリ開いた心の穴が満たされていくようだった。
―― 晴香は俺を嫌ったわけじゃなかったんだ ――
今はただそれだけで充分だった。
哲平の差し伸べる手に晴香がそっと自分の手を乗せ、2人は噴水前の木陰のベンチへ舞い降りた。
ベンチは心地よい木漏れ日で温もっていた。
2人を待つ島は、腕組みして椅子に座っている。
隣の桐野は眠るように目を瞑って俯いている。
「おい桐野、起きてるんだろ?」
「なんだ?」
顔を上げようともしない。
「なんで俺たちなんだ?」
「というと?」
「俺たちはただの一般人だ。特別な経歴も能力もない。それがどうしてあんたらの目に止まった?」
「たまたま目に入っただけだ。それが天命ってことさ」
「お前が天命なんてもの信じてるのか」
「信じてるよ。従う気はないが。
今回はたまたま天と俺の利害が一致していた」
「ほう…」
桐野はゆっくり顔を上げる。
「それにお前たち、VR界での履歴は調べさせてもらったぞ?」
島は表情を変えずに黙った。
そこへ奥から出てきた夏美が、玄関に下りていく。
「お出かけか?」
「はい!?
あ、はい…、ちょっと買い出しに…」
島は桐野と顔を見合わせると、立ち上がって夏美を追った。
「連れてってくれ。荷物持ちくらいにはなる」
島は夏美と連れ立って出た。
「こんな村にも店があるのか?」
「そりゃありますよ?小さな八百屋くらいはね」
「その敬語、もうやめてくれよ」
「え…そう?じゃあ…」
夏美は遠慮がちに笑う。
「夏美ちゃんはこの村の生まれか?」
「いいえ。あ…ううん。
8歳のとき…だから10年前くらいに、親と引っ越してきたの」
「そうかそうか。この村に娯楽なんかはあるのか?趣味は?」
「え…?うーん…」
島の質問攻めに、夏美はタジタジになる。
「みんな遊ぶ時は、VRの中なの」
「ほう。夏美ちゃんのオススメは?」
「そうねぇ。私は娯楽とかより、あの丘の景色が好きかなぁ」
夏美が指したのは、村の奥の森の方角。
「ほう、あの森の先か」
夏美が島の前に躍り出て、島の顔を覗き込んだ。
「行ってみる?」
「おっ、いいのか?」
「うん!案内するわ」
夏美は跳ねるように前を歩いた。
その奥には、崩れた家屋の瓦礫が複数見えた。
村の端から山中に入り、20分ほども登ったろうか。
背の高い針葉樹林を抜け、視界が開けた。
「おぉ」
「ね?」
温かい日差しを受け、小高い丘が目前に聳える。それを一面、紅白のツツジが彩る。
そして周囲を見渡せば、大小の丘陵が連なり2人を世界の端に置いていくようだった。
「人間は3000年かけてもこんな景色も作れないんだもんな」
ウフッ
と夏美がほくそ笑んだ。
「なんだよ」
「面白い感想だなって。私は勉強してきてないから、この感動を表す言葉も持ってないのに」
そう言うと嬉しそうにツツジの花へ駆け寄り、ほら、と言わんばかりに島へ笑顔を向けた。
「学校は行ってないのか?親もいないって言ってたし…」
「無かったからねぇ学校なんて。
親は今晩帰ってくるよ!」
屋敷の桐野は相変わらず眠るように座っている。
そこへ玄関の戸が勢いよく開き、一人の男が入ってきた。
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