第18話 アフロディテ捕獲ゲーム③

 晴香の下敷きになった哲平はぐったりと横たわる。

「大丈夫か?」

「大丈夫なもんか…。

 それより晴香!大丈夫か!」

 起き上がって哲平は晴香のヘルメットを脱がせる。

 久しぶりに見たその顔は、苦しそうに目を閉じ、身体は痙攣を起こしていた。

「どうなってんだこれ!?」

「落ち着け。麻痺が抜けきってないだけだ。

 それより、アフロディテは捕まえたんだ。なんでゲームは終わらない?」


「ウッ…ケホッケホッ…」


 晴香が何か言いたげに薄目を開いた。

「あれを取るまで…終わらない…」

「クソッ、まだあんのかよ。

 とりあえず晴香、リアル世界のお前の安全を確保する必要がある。

 リアル世界で周りに仲間は?一人でいるのか?」

「うん…」

「お前も大胆なことをするな。

 俺を信用するならリアルのお前の居場所を教えてくれ。

 リアル世界にいる俺の仲間が、お前を保護してくれる」

 晴香は目を閉じて少し考えていたが、再び目を開くと僅かに微笑んでみせた。

「わかった。信用する」

 懐かしい笑顔に、思わず哲平の頬も緩む。

「私の頭に手を当てて」

 そっと晴香の頭に手を置く。

 すると哲平の脳裏にどこかの山中の景色が広がった。景色はどんどん進み、麓の町に出ていく。

「野村、見えたか?」

「ああ。そこなら1時間もあれば行けるな。

 すぐにISFを連れていく」

「頼んだぞ。よしじゃあ俺たちも…」

「待て」

 止めたのは島。

「そいつが持ってるVRCのコードを先に貰っといた方がよくねぇか?」

 いいか?と晴香の目を見てみる。

 相変わらず綺麗な目をしてやがる。

「ここには無いわ。端から渡す気なんてなかったから」

 痙攣が収まり、だいぶ言葉もはっきりしてきた。

「だからこのゲームから出ないと私も見れない」

「じゃあお前が狙ってる仮想国のコードを取りに行くしかないんだな」

「そうよ」

 晴香は起き上がって服の埃を払った。

「そんなもの狙って、晴香もVR世界を獲りたいのか?」

「そんなんじゃないわよ」

 ぶっきらぼうな返答をして、再びヘルメットを被る。

 晴香との間に、会えなかった5年のぎこちなさが戻ったようだ。いや、その前の晴香のことも、実は何にも知らないんだった。

「野村、仮想国コードの在処とタワーの構造図を送ってくれ。

 ほら、いつまで座ってんだ」

 2人も立ち上がると、島を先頭に階段を下る。


「野村の情報によると、コードは10階下だな…」

「おい待て待て待て」

 急に立ち止まった哲平の背中に晴香がぶつかった。

「それを走って下りようってのか?

 それもこんな顔丸出しで?」

「仕方ねぇだろ。あるかもわからんエレベーターを探してる方が時間の無駄だ」


 その時、タワーの外で杉原の声が響いた。

「アフロディテがタワー内に侵入した。

 これよりタワーのセキュリティは全面解除する。せいぜい頑張ってくれ」

 

 3人は顔を見合わせる。

「やべぇぞ!みんな入ってくる!

 コードを先に取られちゃ終いだ」

「でも待って。私とコード、どちらも揃ってないとゲームは終わらないんでしょ?

 だったら私が囮になってる間に、2人がコードを取りに行けば…」

「そんなことさせられるわけないだろ!」

 哲平は晴香の方が大事でゲームで勝つことに意識が向かなくなっている。

「じゃあお前は彼女についていけ。俺一人でコードは取ってくるから」

 言いながら島の顔は嫌そうだ。しかしそうでも言わないと哲平は動かないのもわかっている。

 

「ほんとに一人で大丈夫か?」

 それ以外考えてないくせに白々しい奴だ。


「ああ、そうするしかないんだろ。

 ただ敵の数によっちゃ保証はできねぇぞ」

「いや、大丈夫だ」

 2人の無線からあの無愛想な声が聞こえた。

「桐野!今どこだ?」

「いいからそっちの座標を送れ。

 すぐに飛ぶ」

 島が急いで現在地を送ると、間も無く桐野はワープホールから現れた。

「俺と島でコードを取りに行けばいいんだろ?」

「ああ、頼んだ。

 敵はなるべく俺と晴香で引き付ける」

「コードを取ったら合図するから、待ち合わせは…」

 と桐野が振り向いた時には、哲平は晴香を連れて走って行ってしまっている。

 桐野は呆れてため息をつくと、ワープホールを取り出した。

「あいつは昔からああなのか?」

「さあ。俺も会って数日だが、振り回されっ放しだ」

「お前も苦労するな」

「まあ、自分勝手な奴だが、あいつと一緒にいると何か面白ぇことが起きそうだろ?」

 呆れ半分、楽しみ半分といった島の表情に、珍しく桐野も笑ってみせた。

「そうかもな。じゃあ俺たちもさっさと行くか。

 何階だ?」

「15階」

「よし、行くぞ」


 桐野と島が15階に飛ぶと、そこはカジノになっており、スロット台やポーカーテーブルで賑わっている。

 それらで遊んでいた客やディーラーたちが一斉に立ち上がり、武器を取り出した。

「何だ?コイツら」

「AIなんだろ。コードを守る」

 奥に重苦しい扉が見える。

「つまりあの先にコードがあるんだな」

「そういうことだな。

 …桐野、お前銃はいらねぇのか?」

「ああ…こんな奴ら、刀1本で充分だ」

 敵を見据えるその目に、島はゾッとした。

 この男なんかよりよっぽどAIの方が感情を持ち合わせているんじゃなかろうか。

「行くぞ…」

 言っている間に桐野は飛び出し、あっという間に5人を斬り倒した。

 遅れじと島も機関銃で敵を一掃。さらに背後から飛びかかってきた男の顔へ肘打ち。面食らった男を背投げ、銃弾を撃ち込む。

 島の身体捌きは、哲平の自己流の荒々しさとは違う、また桐野の殺しの冷徹さとも違う、道場上がりといった感じの整った動きをする。

 2人は次の敵へ駆け出した。


 哲平と晴香は1階のロビーに立つ。

 玄関からはゾロゾロと敵国部隊が踏み込んでくる。

「晴香のワープは?」

「あと2回」

 その時野村から無線が入った。

「彼女の身柄は保護したぞ。

 早くそっちも片付けろ」

「よし、ありがとよ」

 

 敵部隊が2人を囲む。


「さあ、鬼ごっこを始めよう」

 哲平の言葉で晴香がワープホールを開くと、2人は5階に飛んだ。

 ワープした先には、見張りの敵が4名。

 1人が慌てて構えた銃を、晴香は自らの機関銃でなぎ払い、空いた胴へ前蹴り。機関銃でとどめ。

 さらにその右後ろの男の懐へ入ると、胸ぐらを掴んで首元へ弾を撃ち込み、反転しながら巴投げ。

 死体が飛んでいった先で構えていた2人の男が怯んだ隙に、背後へ回り込んだ哲平が1人の後ろ襟を掴んで膝裏へ足刀蹴。

 後ろへ倒れる男を盾に、もう1人の眉間へ拳銃を撃つ。

 そして倒れかかる男の側頭部へ1発。


 哲平は晴香の戦闘技術に驚いていた。

「お前…いったいどこで何してきたんだよ」

「あなたこそ」

「俺はただの学生だったさ」

 その時、窓の外を見た晴香が哲平に飛びついた。


 壁一面の窓ガラスが一斉に砕け散り、無数の銃弾が飛び込んでくる。

 外の戦闘車隊による一斉射撃だ。

 間一髪、飛びついてきた晴香と共に哲平は物陰に身を隠した。

「どうするの?これじゃ出られないわ!」

「隙を見てこいつでいくしかないな」

 哲平が懐から取り出した球はみるみるロケットランチャーに。

「そんなもの持ってたなら早く出しなさいよ!」

「温存してたんだよ!」

 すると、外からキーンという音が近づいてくる。

「何の音?」

「ヤバイ!!走れ!!」

 2人は部屋の奥へ向かって駆け出した。その時、戦闘車が2台、窓から突っ込み大きな爆発を起こした。

 吹き飛ばされた2人は散り散りに。

「大丈夫か!?」

「ええ!大丈夫!」

 なんとか声は聞こえるが、瓦礫で姿が見えない。

 

 割れた窓からはどんどん敵部隊が入ってくる。

 哲平は瓦礫に身を隠しロケットランチャーや拳銃で応戦するが、追い付かない。

 身を潜める晴香はそっと窓の外を見た。


 (あ、私のバイク…!) 


 敵の戦闘車に囲まれ、晴香のバイクが浮かんでいる。

 晴香が腕に巻いた機械のボタンを押すと、バイクは光を取り戻し、晴香めがけて飛び出した。


 哲平は入ってくる敵へ拳銃を撃っては瓦礫の陰に身を隠す。

 さらに手榴弾を放るが、弾数ばかり減って敵は増えていくばかりだ。

「チクショウ!コードはまだか!」

 傍らには弾を吐ききったロケットランチャーが転がっている。


 ゴウン…


 奥から重たいエンジンの起動音に続き、爆発のような銃声が鳴り響いた。

 何事かと顔を上げる哲平めがけ、バイクに跨がる晴香が飛んできた。

「行くよ!」

 晴香の伸ばした手に掴まり、哲平は後ろに跨がる。

 バイクは前方に装備した機関銃で敵を蹴散らすと、階段へ飛び込んだ。


「哲平!聞こえるか?」

 耳元の無線から島の声。

「コードの前だが扉が重くて入れない!」


 バイクは上階の敵を撃ち倒しながら階段の上を飛んでいく。

「扉ならこれで突破できるわ!」

「よし、島!すぐ行くから待ってろ!」

 さらに上階から現れた敵へ機関銃を放とうとした時、スカッと空虚な音がした。

「弾切れだわ!」

「任せろ」

 晴香の肩に腕を乗せると、上階の敵を拳銃で撃ち倒す。

 やがて明るく光る階へ飛び込むと、奥の扉の前で島と桐野が机を盾に銃撃戦の最中だ。

 バイクは敵をなぎ倒しながら中央を飛び抜ける。


「島!桐野!どけぇ!!」


 島と桐野が両脇へ飛び退くとバイクの顔からロケットが放たれ、重く閉ざされた扉をぶち抜いた。

 そこへバイクが飛び込むと、島と桐野も駆け入り、懐から取り出したシールドを入り口に張った。

 急ブレーキをかけたバイクから、哲平と晴香が投げ出される。


「おいおい、大丈夫かよ?」


「ええ…」

「ああ…コードはどこだ?」

 起き上がる2人に、島が部屋の奥を指さす。

 そこには真っ暗な中浮かび上がる光の球。

 光の球の中を、英数字の羅列が流れている。

「これか」

「うん、みんな手を出して」

 晴香がかざした手に3人の手が乗る。


 4人の手が球に乗った時、次の瞬間には哲平はえらく揺れるトラックの荷台で横たわっていた。

 隣を見ると、仰向けの晴香の顔がある。


 あ、目を開いた。

 こっちを向いた。


 晴香は哲平の目を大きな瞳で見つめる。

「こっからどうするの?」

「さあ…」

 VRボケのせいか、晴香の瞳のせいか、頭がぼんやりしている。


「のんびりしてる暇はねぇぞ」


 後ろを見ると、桐野が座ってタバコに火を着けている。

「みんな俺たちを狙ってくるぞ」

「村に着いたら作戦を練ろう」

 どんな生き方をしてきたのか、こういう事態でも島はいつも胆が座って見えた。

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