🔮📕ゆかり@紫式部の潜入日記・島津編・後編

 ゆかりの足に捕まっていた意識がまだ朦朧としているさむらいは、この山姥、いや、異形の存在をじっと見上げていたが、『摂関家』その言葉に「あっ!」と、様々なことを思い出し、ようやく足首から手を離していた。


 島津と京の都、なんの関係もなさそうではあるが、「島津に暗君なし!」そんな超武闘派でありながら代々インテリ武将が納めているのが島津である。


 そう、このときの当主、島津貴久しまづたかひさもご多分に漏れず、あの有名な河童のザビエルと親交を持ったり、京の都からツテを辿って、高名な和歌の名手をつどつどお招きしており、のちの『鬼島津』島津義弘しまづよしひろたちも、「あ、そうか、そろそろ刀を振ったあとに、和歌を詠む稽古しておかなきゃ……」そんな感じで、京から和歌などの文化教養の名手がくる季節になると、兄弟そろって、「うむむ……お題は何だと思う兄者?」「俺は山を張っているのだ。今回はきっと『波』じゃないかなと……あいたっ! あ、父……おやかたさま……はいすみません。真面目に頑張ります……」「兄者、京の都人なのにそれはないデショ?」なんて、武芸だけでなく意外にも教養もあるのだ。


 そして、そろそろやってきてもいい頃なのに……どうしたんだろうね? 探す? そんなことを言っている間に事態は急変し、それどころではなくなって、京からくるはずの教養人は行方不明のままであったのだ。


「も、申し訳ないっ! まさかさらわれてこんなところで、監禁されていらっしゃったとはっ!?」

「え……?」


 そう、われわれにはいつもの雑な『ゆかり言葉』にしか聞こえないのではあるが、そもそも彼等からすれば古い時代の京言葉、「なんだよそれ? 知らないよ。山姥とな?……摂関家の女房に失礼な……」が、「なにをおっしゃられているのでしょうか? 山姥とは一体? 摂関家の女房に対してあまりのお言葉……」そう上位互換、上品に変換されて聞こえるのであった。


「あの、あなたさまは一体……いえ、申し訳ございません! 拙者、主君は女房殿をお招きした島津貴久しまづたかひさで、その家来、勘助と申しまする……何分、大けがゆえの見立て違い……平にご容赦……」

「え? そうなの? まあ、いいけどさ。勘助よく死なないね。凄い生命力……(そうでございましたか……よいのですよ。勘助殿よくぞご無事で……すばらしい生命力であらっしゃる……)」


 大けがの勘助にそこまでへりくだられたゆかりは、まあ、ヤバイやつみたいだけど、取りあえず役に立ちそうだと、ぜーぜー言っている勘助を、どこか知っていそうな人のところに運べるかな? そんなことを考えていたときであった。


 また例のとんでもない複数の絶叫が耳に飛び込んできたのは。


「「「チェスト――!」」」


 さすがのゆかりも、ヤバイっ! なんて思いで、ひとり目の太刀を両手でガッと受け止めたあとである。


「ストップ……このヒト……山姥ではないから……」


 虫の息の勘助の声に、周囲の黒い影たちが反応して、なんとかなっていたのは。


 ***


〈 島津陣営 〉


「え? 山姥ではなくさらわれていた京の人だった……ヤバっ! でもこんなによれぼろ……」

「若さま、山小屋には確かにあの十二単とかいう京の方の装束が……どうやら山賊かなにかにさらわれて、この度の合戦騒ぎで置き去りになってしまった模様……疲れ切って暗がりを背負った真っ黒な山姥ですが、なにせ言葉遣いがもう! 綺麗になったら京美人間違いなし!」

「そ、そうか? うわ――申し訳ない、申し訳ないです。ちょ、ちょっとその辺の草むらに隠れていてもらえます? 合戦をすぐに終わらせてきますので……おいっ! いくぞっ! !」


 戸板に乗ったまま運ばれてきた息も絶え絶えの勘助からの報告と、なんだか訳の分からないゆかりと名乗る京の人(我が家のお客さま)を前に、島津義弘しまづよしひろは大急ぎで陣を動かすと、難攻不落、そんな岩剣城いわつるぎじょうを前にしたとんでもない激戦に入る。

 そして彼は、勘助が持ち帰った情報をもとに、初陣を華々しい勝利で飾ったのであった。


「釣り野伏せとは……?」


 そんな興味本位で、草むらからごそごそ覗いていたゆかりが、鬼島津・義弘よしひろにぶっ刺さるはずだった致命傷の十数本の矢の中から数本だけで弾いて、致命傷を避けてあげた歴史的な偉業は誰も知らない……。


 ***


〈 しばらくあとの岩剣城いわつるぎじょう 〉


 鬼島津・義弘よしひろは、大けがながらも無事に復活を果たし、岩剣城いわつるぎじょうへ入城していたが、なんとなくさえない顔で、しわくちゃの紙を見ていた。


 ゆかりのとんでもなく美しい筆跡で書いたメモ、ゆかりに顔や頭を殴られ過ぎて、半分記憶が飛んでしまった勘助の情報の裏面である。


「きっと本当に素晴らしく、心も美しい方だったに違いない……申し訳ない……戦に巻き込んでしまい……あ、これはあの物語の一説……あんなとんでもない状況で飛び出して俺の命を……」


 義弘よしひろは、山姥・ゆかりが消えてしまったのを、きっと自分を助けたあと、どこかで命を落としたと思い大いに悔やんでいたが、真相はといえば、ご想像の通り暗黒根暗は面白がって、飛んでくる矢をで跳ね上げている最中に、安倍晴明あべのはるあきが無事に? 元の時代へと連れ戻していたのであった。


 そして、これももちろん史実にはないことであるが、ゆかりは、あのを置いて消えていた。ロストテクノロジー……失われし技術で作られた島津の一太刀をも止めた驚異の強度を持つソレは、これは御仏、女房殿からの俺への授かり物……さすがは京の摂関家、このような優れた業物わざもの、きっとどこの地方にもない……そう思った勘違い・義弘よしひろの命令で、刀鍛冶の奮闘で復活をとげると、彼の愛刀へと姿を変えて戦国時代を走り抜けたのである。


 なぜそんな品を教養人が持っているのか? それは分からなかったが、きっと京の公家の間ではやっているに違いない。貴族とは変わり者らしいから……。


 なんて、のちの鬼島津・義弘よしひろや周囲は納得していた。


 ***


〈 ゆかりが帰った元の平安時代・藤壺 〉


「おい、なにがあった!?」

「全部じじいのせいだっ!」

「あ?」


 歴史になんの興味もない藤式部ことゆかりは、とんでもない情報を持っていたにも関わらず、義弘よしひろの勘違いも知らずにすっかりむくれて、ぐちゃぐちゃになった髪を、あせった顔の緑子にちょっとずつ櫛で梳いてもらいながら、道長にぐちりつつ、新しいを片手に、慰謝料によこせと晴明はるあきに紙の無心をしていた。


「くれなきゃ全力でやるよ? チェスト……! ってさ……新必殺技……」

「…………チェスト?」


 ***


【了】



 鬼のゆかりと鬼島津が一瞬交差したお話でした……。(掛け声のチェストは、もっとあとに固定される薩摩藩、当主は島津家の示現流、古流剣術からです。起源は「知恵捨て……(雑念を捨てる)」など諸説あるそうです。習いたい習いたい……)

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🔮📕ゆかり@紫式部の潜入捜査情報と歴史小話です 相ヶ瀬モネ @momeaigase

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