おねえちゃんとつないだ手
昼星石夢
第1話おねえちゃんとつないだ手
ハッとする。
つぐみおねえちゃんの手が、かなの手を握ったから。おねえちゃんはきっと雪の女王なんだ。ぷっくりした頬っぺたに、くるくるした柔らかそうな髪。ふわふわ浮いたように歩くけど、おねえちゃんを包む空気はピリッとしている。
かなが、好きなアニメの放送が急になくなったことや、クラスのやんちゃな子に給食のデザートを取られたことを話しても、返事はほとんど返ってこない。かすかに、かなから見えているのとは反対側の頬が緩むだけ。
「あっ、かなの好きなお菓子! おせんべいだけど、サクサクして甘くておいしいんだよ」
思わず手を離して、
一緒に登下校する班の子達は、もうずいぶん先へ行ってしまった。おねえちゃんはかなの手をとると、またゆっくり歩きだした。ぽつぽつと何か呟いたみたいだけど、かなには聞こえなかった。
「じゃあね」
校門に着くと、おねえちゃんは小さく言って、足早に皆の中へ
前に帰る途中で、同じ班の年長の女の子が、おねえちゃんのことを話しているのが聞こえた。
「ズル休みしたでしょ、体育のとき組む子がいなくて困ったんだけど」
「あの子がいたでしょ」
あの子、のところで僅かに振り向いた鋭い眼差しが、おねえちゃんの顔をさしていた。
「ヤダよ。手が冷たすぎて気持ち悪いんだもん」
そっとおねえちゃんの顔を盗み見たけど、全然気にしていないみたいだった。
おねえちゃんはいつもかなを待っている。たぶん、班のどの子よりも先に、集合場所で皆を待っている。
「せんせーー、揃いました!」
誰よりも遅く来た年長の男の子が手をあげた。
「はい、皆さんいますね。さようなら」
先生はそう言ってかな達を見送った。
校門から出たとたんに班はばらけ、年長の子同士、年少の子同士に別れた。誰も手を繋いでいない。おねえちゃんは、すっと、かなの手首から手を滑り込ませた。
家まであと半分のところで、年長の男の子二人が、少し先から振り返り、大声を上げた。
「金田ぁーー、走ってーー!」
ケタケタと、それを見た年長の女の子三人が笑う。おねえちゃんは聞こえていないみたいだ。でも、そんなはずはない。
「金田ぁぁ、ちょっとここまで走れって」
おねえちゃんは見えているし、聞こえているはずだけど、ここにはいないみたいにうわの空だ。歩く速さも、かなの手を握る力も全く変わらない。
「金田の真似ぇ」
年長の男の子の一人が、ぼよんぼよん、と言いながら変なリズムでこっちへ走ってきた。おねえちゃんとかなの間ににゅっと近づいてきて、ぞくっとした。ふへへ、とおかしな笑い声を出すと、ターンして戻っていく。今度はそれを見た年少の子達がケラケラ笑う。
寒いのに背中を汗が伝う。お腹が痛くなってくる。
なのに……。おねえちゃんは澄まして真っ直ぐ前を向いて歩いている。
――ほんとにへっちゃらなんだ。つぐみおねえちゃんは、かなとは違う……。
憎たらしい笑い声よりも、変わらない手の感触が気になった。なぜだか、つないだ手を振りほどきたくなった。
音もなく夜のうちに積もった雪で、翌朝の世界は一変していた。
班に合流すると、かなは性懲りもなく、憎たらしい彼らと同じように歓声を上げて、まっさらな雪に足跡をつけ、小さな雪の玉を宙に放った。
「つぐみおねえちゃんも!」
いつもと変わらず、微笑み見守るだけのおねえちゃんに雪の玉をぽんっと投げつける。一瞬、眉が不快にひそめられた気がした。おねえちゃんはゆっくり首を振った。
「あとでしもやけになるよ」
その答えにポカンと口を開ける。だから雪に触りたくない、という考えが、かなには理解できなかったから。
「雪が嫌いなの?」
「冬が苦手なの」
またしてもかなは、答えに窮する。雪の女王に、冬が苦手なの、と言われた心地がしたから。
「早く夏になるといい」
おねえちゃんが小さく言った。憎たらしい彼らが雪だるまを作っている。かなも、小さな雪玉を転がして、負けじと胴体を作る。でも一人だと、彼らの立派な雪だるまにずいぶん見劣りする。
「おねえちゃん、手伝って!」
今にも泣きそうな声になったからか、おねえちゃんは渋々少量の雪を
「これつけてあげて」
かなの隣のクラスの女の子だ。枯葉と小石を持っている。かなはその子と一緒に、小石で目と鼻をつけ、枯葉をちぎって、にっこりと口を作った。おねえちゃんはいつの間にか少し離れた場所にいて、出来上がった雪だるまを見つめていた。
「あやちゃーーん、先行っちゃだめだよーー」
後ろの班の年長さんが向こうから呼びかける。あやちゃんはかなと雪だるまを交互に見つめると、駆けていった。
「行こう、遅れちゃうよ」
おねえちゃんがかなの手を握って歩きだす。振り返ると、雪だるまのいびつだけど優しい目と目が合った。
かなの手はおねえちゃんの手と同じくらい冷たかった。服で拭ったけどまだ少し濡れていて、指先はおかしな感覚になっている。
でも学校に近づくにつれて、だんだんと温かくなってきた。おねえちゃんとかなが、お互いの熱を移し合っているみたいだった。
かなは、今日はおねえちゃんと今までで一番多く話したことに気づいた。おねえちゃんが何かぶつぶつ言っている。「おばあちゃん、風邪ひかないといいけど」最後にそう呟くのが聞こえた。
校門をくぐると、いつものようにおねえちゃんはそっと手を離し、「ばいばい」と小さく言って離れていった。校舎に向かいながら、その後ろ姿を見失わないようにじっと見つめる。
「何見てるのぉ?」
肩越しに、あやちゃんが話しかけてきてはっと我に返る。
とたんに指がむず痒くなってきた。かなは照れたように赤くなった指に息を吐いた。
おねえちゃんとつないだ手 昼星石夢 @novelist00
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