朝霧のマイクロバス

三日月未来

朝霧に現れた双子の妹

 スキーツアーの夜行バスに揺られながら眠れずに朝を迎えたスキーウエア姿の進一は隣で寝息を立てている恵子に羨望の眼差しを送っていた。

 真っ赤なスキーウエアに包まれた恵子の頭には不似合いな毛糸の赤いニット帽があった。


 進一はバス窓の若草色のカーテンを少し開けた隙間から外の景色を見ようとした。

窓ガラスの水滴が邪魔して外がよく見えない。

 ハンカチをジーンズのポケットから取り出し水滴に当て窓ガラスを擦ってみた。


 薄あかりの夜明け前の景色の中に雪に覆われた藁葺き屋根の民家が軒を連ねている。誰かが数寄屋造りとか言っていたような景観と思いながら進一は再びうたた寝をして意識が消えた。


 夢の中で恵子がシンちゃんシンちゃんと耳元で騒いでいる。進一は恵子の甲高い声に耳を塞ぎ枕元のベージュ色のクッションを寄せた。


「シンちゃん、朝よ」

「ケイ、もう着いたのーー 早いね」


「寝ぼけてないで早く起きて」

「目の前の銀色の世界は何処に行ったの」


「銀色の世界って」

「バス窓から見えていた景色だよ」


「あのねシン! ここは寝室よ」


 恵子が寝室のカーテンを大きく開けた。レースカーテン越しに入る朝陽に進一は目を細めて目覚めた。


「今日、仕事を終えたら東京駅から夜行バスに乗るわよ」

「それスキーバスなの」


「そうよ。シンが申し込んだスキーツアーじゃない」



 仕事を終えたシンとケイは小さな手荷物を持ち駅近くに停車している大型バスに向かった。


「シン、本当に大丈夫なの」

「大丈夫って」


「手荷物少な過ぎない」

「今回はペンションに先に送って到着確認しているから大丈夫」


「それならいいけど誰に確認したの」

「ペンションのオーナーにだよ」


 恵子は胸騒ぎを覚えて落ち着かない。言葉にならない違和感が込み上げていた。


「シン、なんか引っかかるんだけど杞憂ね」

「ケイ、瑣末なことを気にしていると折角の旅行に支障が・・・・・・ 」


「分かったわ。忘れるけど女の直感って意外にあるのよ」


 進一は恵子の話を子守唄代わりに寝息を立て始めた。


 スキーバスがガクンと大きく揺れてドライブインに停車して再び動き出す。今度は恵子が寝息を立てていた。


「ケイ、着いたよ」

「シンは元気ね」


「いつものペンションのオーナーに再会できる楽しみだよ」

「なるほど・・・・・・ 」


 進一と恵子は圧雪した雪道を歩いていた。新しいスノーシューズが雪面を捉えて歩きやすい。


 手荷物を殆ど持たない二人には逆に不安定だった。


「ちょっとバランスが悪いわね」

「やっぱり適度な重さが雪上では必要かも知れない」


 進一が言いかけた途端スリップして進一は恵子に支えられた。


「悪い、ちょっと油断」

「スキーストックは持つべきね」


「次から、頭の隅に入れておくよーー おっと危ない」

「霧が濃くなって来たわ」


「この道で合っていると思うけど」

「そうね、二度目だものね」


 進一と恵子は悪戦苦闘しながらペンションの前に到着したはずだった。


「シン、ペンション何処かしら」


 進一は恵子の言葉に辺りをキョロキョロと見回した。ペンションがあった辺りに白い看板を見つけた。看板にはペンションオーナーの訃報と移転の説明が書かれている。


「ーー シン、“ペンション雪”が移転したそうよ」

「うん、でも昨日オーナーと電話で話したけど」


「その人、誰なの」


 恵子が進一に問いかけた時、霧の中から白いマイクロバスが二人の前に止まった。中から白いスキーウエア姿の花顔柳腰な女性が降りて来た。女性は二人に声を掛け微笑みながら言った。


「双子の妹の雪と申します。姉の代理で参りました」

「ペンション雪の雪さんですか」


「いいえ、雪水が苗字で雪が名前です。生前姉の雫がお世話になりました」


 進一と恵子は手荷物のことをすっかり忘れて、雪と名乗る女性に案内されて白いマイクロバスに乗った。二人が乗車したバスの横には朝霧神社と赤い文字で書かれている。ペンションの名前はどこにも書かれて無かった。


 マイクロバスのナンバープレートが雪に覆われて見えないことを二人は知らない。二人を乗せた白いマイクロバスが濃い朝霧の中に消え光になった。


「シン、このバス、なんか肌寒くない」

 進一は恵子の横で寝息を立てていた。



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