第6話 帰路
九月二十六日(木)
Zさんと別れ、空港行きの路線バスに乗った。一時間ほど揺られれて着いた終点は空港のはずなのに、目の前に広がるのは住宅街。反対側の終点に来てしまったらしい。パニック寸前な自分とバカじゃんと苦笑する自分がせめぎ合い、運転手さんに覚束ないC語でしゃべりかけた。「Je to konec?」(終わり?)せめて「Konečná?」(終点?)と聞くべきだった。運転手さんはスーツケースを持ち顔をこわばらせた外国人に察したのだろう。うんうん、とうなずき、左手で道路の向かいを指さす。バス停だ。あそこで待てば空港行きが来るってこと? 確認できぬまま「スパシーバ……」と下車し、バス停に向かった。
十五分ほどでバスが来た。先ほどの道をえんえんと後戻り、反対の端を目指してひた走る。十分日の高いうちにバスに乗り込んだはずなのに、いまや町は夜の帳に覆われようとしている。焦りつつも、灯りはじめた家々の明かりに旅情を掻き立てられる。追い込まれると開き直るタイプなのだ。一時間ほどで空港が見えて安堵した。
ヴラジヴァストーク行きの国内線の出発は遅れに遅れた。乗継には数時間の余裕があったのだが、それをほぼ使い尽くしてイルクーツクを飛び立った。着陸直前に、半ばあきらめつつ、「乗り継ぐんですが」と客室乗務員のお姉さんに声をかけた。そのお姉さんが降り口で「トランジットへ!」と指さす。走って行くと、果たして羽田行きのアエロフロートは待ってくれていた。けっこう何とかなるものだ。またひとつ成功体験を積んで、面の皮が厚くなる。予定どおり羽田に到着できた。なんと素晴らしい。
物語とは「めでたしめでたし」では終わらないものだ。オチがつかなきゃ落ち着かない。今回もきちんとついた。ロストバゲージである。
とはいえ大したことではない。確認してもらうと、荷物の積み替えはさすがに間に合わなかったらしく、後日配送されるということだ。憂鬱になった。オームリのわりとみずみずしい燻製。あれが新聞紙にくるまれただけで荷物に詰め込まれているのだから。日本の九月はまだ暑い。大丈夫かいなと密かに慄いた。
幸い、一週間後に届いた荷物には大きな問題もなかった。いそいそとオームリの燻製をトースターに入れた。苦労して持ち帰った燻製は、かなり生臭くて骨がましく、バイカル湖畔で食べたあの味が懐かしくなった。
ネットで知り合った人とシベリア鉄道に乗ってみた。 佐藤宇佳子 @satoukako
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