第2話 聖女処刑

 聖女アイラの処刑の日。

 その日は朝から粉雪が降り続いていた。


 さらさらと落ちてくる雪は、無限に続くようで、時の感覚が無くなっていく。

 冷気が肺に染み入るようだ。


 雪の積もった処刑場へ、暖かなマントを着せられることもなく、聖女の白いドレス姿でアイラは歩かされていた。


(寒い)


 孤児だったアイラは、その見事な黒髪から、おそらく南方の出身だろうと言われていた。


 背が高く、色白の肌に、淡い色の髪、青やグレーの瞳が多い北の国で、腰までの長く豊かな巻毛に、宝石のような緑色の瞳をしたアイラの容姿は、とても目立った。


 処刑台へと連れて行かれるアイラを「偽聖女」とののしる声に混じって、「黒髪の異国人のくせに」とあざける声も混ざる。


 アイラの薄い靴は雪にまみれて、冷えた足は感覚がなかった。

 目の前には、雪に覆われた処刑台が見える。


「アイラ様!! 聖女アイラ様!!」


 その時、幼い子どもの声が響いた。

 一瞬、処刑場の人々は静まり返り、アイラもまた、足を止めた。


「聖女様は悪くない。誰か助けてあげて! 誰か……」


 子どもが叫んだ。


「聖女アイラ様は、ぼくを助けてくれた!!」


「あ……」


 その時、アイラは気づいた。


(あきらめちゃだめ!!)


 何かできないだろうか?

 アイラは必死で考える。


 無茶でも、逃亡を試みてはどうだろうか?

 治癒の光を増幅させて、目くらましをして、その間に逃げる?


 もう、聖女として神殿に戻らなくてもいい。

 もし自分を信じて、必要としている人がいるなら、自分はただ治癒魔法の使い手として、人の役に立つこともできるのでは?


 アイラは心を決めると、全身の力を込めて、自分を拘束している衛兵に体当たりした。

 衛兵がよろけ、拘束がゆるんだ隙に、治癒魔法を発動させる。

 まばゆい光が周囲に広がった。


 しかし、いざ立ち上がろうとした時、アイラの背後に剣が突きつけられた。


「何をもたもたしている? さっさと処刑を済ませてしまえ」


 無慈悲な声が響いた。

 それは、アイラのかつての婚約者、ザカリア王子の声だった。

 光が霧散するようにして、消えていく。


 アイラが振り返ると、華やかな白てんの毛皮で縁取りされたマントを身に付けた、ザカリアが立っていた。

 その傍らには、同じく毛皮のマントを羽織った男爵令嬢カロリンの姿もある。


 ついにアイラが処刑台に体を横たえた時、自分の姿が、同じように雪の上に倒れ伏した護衛騎士の姿に重なった。


(サール!)


 心の中で、アイラは叫んだ。

 突然、雪が激しく降り始める。

 すると。


「遅くなって申し訳ありません」


 そう、無表情な顔で謝ったのは、長身で大柄。

 伸びた銀色の髪がまるでたてがみのような、アイラの護衛騎士サールだった。

 あの時、雷に打たれて死んだはずの。


 アイラは目を見開き、目の前に現れた彼女の護衛騎士を見つめる。


 アイラの背後で、どさ、と鈍い音がして、彼女を拘束していた兵士が、雪の上に倒れた。


***


 あの時の記憶がよみがえる。


 ザカリア王子は男爵令嬢カロリンを連れて歩いていた。

 神殿を訪れたザカリアは、護衛騎士を従えたアイラを見とがめたのだ。


「見かけぬ顔だな。おまえ、何者だ?」


 横柄にそう言い放ったザカリアだったが、背の高いサールの顔を覗きこむと、顔色を変えた。


「この男を捕えよ!」


 その言葉に衝撃を受けるアイラ。


 それからはあっという間の出来事だった。

 突然、雪が降り始め、狂ったように降りしきる中、サールは王子の護衛騎士によって、剣で打たれ、地面に倒された。


 一介の護衛騎士が、どうして王子に反抗できるだろうか。

 サールは抵抗することもできず、雪の上に倒れ込んだままだ。


「サール!!」


 アイラは叫んだ。

 アイラもまた、無力だ。

 護衛騎士サールの命運はここまでなのか?


 その時、雷鳴がとどろいた。

 その場にいた全員が、驚いて空を見上げる。


雷雪らいせつだ!!」

「凶兆だぞ!」


「ザカリア王子殿下、危険です! 屋内へお入りください」

「待て、その男を逃すな! 許さんぞ、サール!! 衛兵、この男を拘束しろ!」


 サールは半身を起こし、剣を抜いたように見えた。


 一瞬、辺り一体がまぶしい光で満たされる。

 耳が破れるかというほどの激しい音が響き、無情な雷が、剣を掲げたサールの体へと襲いかかったのだった。


***


「アイラ様、遅くなって申し訳ありません」


 サールは優しくアイラを助け起こすと、自分が着ていたマントで、彼女の体を包み込み、左手でしっかりと抱え込んだ。


 サールの剣が空気を切り裂き、兵士の剣を簡単に弾き飛ばした。

 ザカリアが険しい顔でサールを睨みつけている。


「おまえ…まさか、雷に打たれて、まだ生きていたとは」

「俺は、無抵抗でいるべきではなかった」


 剣を手に、じり、っとザカリア王子に近づいたサールは、言った。

 彼の表情に変化はなく、声も淡々としている。


「ザカリア、はっきり言っておこうか。俺も、アイラ様も、」


 サールの青い目が、まるで矢で射抜くようにザカリアを見ていた。

 ザカリアが、反射的に一歩後ずさる。


「二度とおまえに屈服することはない」


 サールは手にしていた剣をいったん、銀のさやに戻した。

 そしてさやごとザカリアに突き出す。


「抜け」


 ザカリアの顔色が変わった。

 ザカリアは震える手でつかをつかみ、力を込める。


「……くそう!!」


 ザカリアは剣をさやごとサールに投げつけた。


「おまえにはわかっているはずだ! 私にはこの剣は抜けぬ。おまえでなければ抜けぬ。だからこそ、私はおまえを塔に幽閉したのだからな!!」


 サールはさやをつかみ、無駄のない動きで、そのまま剣を抜いた。

 高々と頭上に掲げる。


「まさか……雷雪らいせつの魔剣……?」


 アイラは呆然として、ザカリアとサールを見つめる。


 雪は今や猛吹雪となって、処刑台に打ち付けていた。

 目を開けているのが辛いほど、雪は縦横無尽に舞い踊っている。

 雪が視界を覆う中、灰色の空に一瞬、何かが光った。


 サールがアイラにささやく。


「アイラ様。俺を信じていてください」


 次の瞬間、サールの掲げた剣に雷が落ち、ドーン! という激しい音とともに、全ては真っ白になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

断罪聖女と雷雪の魔剣士 櫻井金貨 @sakuraikinka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画