雪女

尾八原ジュージ

雪女

 たぶん先祖に、女性に酷いことをした人がいるのよ。


 そう言ったのは父方の大叔母だったか、とにかく縁の濃い親戚ではなかったからよく覚えていない。ただその言葉だけが、くっきりと脳裏に刻まれている。

 とはいえ本当のところはわからない。ただ、僕はその「酷いことをした人」の子孫かもしれない、と言う話だ。


 父方の実家はいわゆる「物持ち」である。

 今はさほどでもないが、昔はこのあたりに広い土地を持っていて、ずいぶん裕福に暮らしていたそうだ。今だってちょっとした金持ちのたぐいだろう。ただ都会に出てしまった三男坊の父にはあまり恩恵がないため、年に一度の帰省時以外は大抵、親戚が金持ちだということを忘れている。

 ともかくこの家には、財産をかさに着て悪事をもみ消したとか、そんな歴史があるらしい。

 そして「雪女」は、そのような歴史の産物なのだと聞く。


 雪女といっても、昔話に登場するような美しい女の妖怪ではない。親戚間のみで、便宜上用いられている名前がそれなのだ。

 父方の実家は豪雪地帯にあり、例年僕の身長を越すほどの雪が積もる。特に人の通らない裏庭などは春先まで雪に埋もれ、人間が通れるような状態ではなくなる。

 なのに雪が積もった後は、夜中になると何かが家の周りを歩き回るのだ。

 庭に敷かれた玉砂利を踏みしだく音が、じゃっ、じゃっ、じゃっ、と家の周囲を移動する。言うまでもなく外は寒くて暗い。日付も変わろうという頃に、そんな酔狂なことをする人はいない。野生動物の仕業でもない。

 そもそも雪に埋もれているはずの玉砂利を、人であれ動物であれ、踏んで歩けるはずはない。

 その音を聞いていると、頭の中に女性の姿が浮かんでくる。洗い髪を左肩に垂らし、色あせた赤っぽい浴衣を着て、擦り切れた草履を履いている。打ち合わせたわけでもないのに、誰が聞いても、各々同じ姿を思い浮かべてしまう。

「雪女」の足音がしている間は、決して外を見てはいけないという。

「特にあんたは気をつけなさいよ。一応分家の長男なんだから」

 母をはじめ親戚の女性連中は、口をすっぱくして僕にそう言う。


 父方の祖父も、伯父も、すでに亡くなっている。

 足音が聞こえる雪の夜、人知れず庭に出て、凍死したのだ。


 そんな曰くがあるのに、なぜか僕たち一家は年末になると、必ず、何を差し置いても父方の実家に帰省する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪女 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ