三軒目:押し込み強盗


藤田オレグは、日本人の母親とウクライナ人の父親のハーフで、高校に上がるまでは、ウクライナで育った。


高校1年生の時点で身長が190センチを超えていたオレグはバレー部やバスケット部から熱心に勧誘されたが、柔道や剣道、空手、ボクシングといった格闘系の部活を兼任で選んだ。幼少期からウクライナの民間軍事会社で働く父親の影響で、彼はロシアで盛んに行われているサンボやシステマを叩き込まれていた。日本や欧米の格闘技を学ぶのも実戦で役立つかもしれない──ただそれだけの理由だった。彼は自分の力をひけらかしたりなどしない。なぜなら自分の技術を人に見せたところで実戦では何の役にも立たないから。むしろ、目立ってしまい映像でも撮られようものなら将来の仕事に影響が出るかもしれない。そんな理由で練習試合も含めて公式の試合にはすべて断っていた。


日本の大学に進学しても、オレグは表舞台に立つことはなく、ひたすらその鋭い爪を研ぎ続けていた。しかし、その磨き上げた爪を父親と同じ職場で披露する機会は永遠に失われた。


父親が母国で謎の死を遂げると、日本にいる母子にも次々と災難が降りかかってきた。自宅が燃えたり、何度も車に轢かれそうになったり……。母親は落下した広告用看板の下敷きになり命を落とした。オレグもやがて不慮の事故・・・・・に巻き込まれるだろうと覚悟していた。


だが、予想は嬉しい方に裏切られた。

当時、母親が借りていたマンスリーマンションの隣室が事故物件だったことから、呪術者集団「こもりつきや」が、オレグとその家族にかけられた「呪詛」を祓い命を救ってくれた。以来、霊感のないオレグは彼らこもりつきやの助手兼術者のボディーガードとして働いている。


オレグの上司であり、術者の鏡都衣は、いわくつきの物件が全国でもっとも多い関東地区を担当しているいわば不動産会社こもりつきやのエースだ。本社は京都にあるらしいが、オレグは一度も訪れたことはない。












「今日は特別任務が出ています」


普段の業務は、営業所にある「赤電話」にかかってきた凶悪犯罪者からの依頼に応じて物件を案内するだけ。それだけで彼ら法の網から逃れた犯罪者は勝手に罠に嵌まり自滅する。だが、今日は様子が違っていた。


「この半月で関東近郊を中心に多発している闇バイトの強盗を嵌めます」


本来、こもりつきやの業務ではない物件以外の犯罪だが、本社直々の指令らしい。


黒いフィルムで後部座席を隠した大型ワゴン車に乗り、埼玉県のとある町に向かった。


「ここはなんです?」

「事件としてカウントされていない物件よ」


山奥にある一軒家は屋根も壁もボロボロで周囲を鬱蒼とした森が囲む陸の孤島。


鏡が鍵を使って中に入ると、外見とは裏腹に内装は現代的で清潔だったが、家具ひとつない無機質な空間が広がっていた。


鏡はリビングで鞄から木彫りの人形を取り出して、儀式を始めた。数分後、床に広げた地図の上で人形がカタカタと音を立てて動き出し、ある場所を示した。


「ここは本来セーフティーハウスなの」


この家は呪詛により政府要人や命を狙われている人が一時的に避難する呪術的な結界で守られた場所だが、物理的なセキュリティーは処置されていなかった。たまたま闇バイトで雇われた連中の標的になり、ここに匿っていた人間が殺害されたらしい。組織が保護していた人間に手を出した報復としてこもりつきやのエースが動くことになったそうだ。


人形が示した場所へ移動するとそこは、神奈川県北部、自然環境が豊かな湖のそばの町だった。


町外れよりさらに森の中にオフグリッドタイプのトレーラーハウスが佇み、何者かが生活している痕跡を感じさせた。


鏡は町のレンタカー店でコンパクトカーを借りて、トレーラーハウスに続く道の途中でコンパクトカーを停車した。


「手筈どおりにお願いね」

「わかりました」


コンパクトカーに乗っている鏡を置いて、トレーラーハウスのすぐそばに大型ワゴン車を停車する。ワゴン車のエンジンをかけたまま、運転席のドアを開きっぱなしにしておく。犯人たちの車のタイヤをパンクさせていると、男たちがトレーラーハウスの中から飛び出してきた。


「誰だテメー!?」

「新聞記者だ」


鏡の指示通りに答えると手に持っているバールやハンマーを武器に襲い掛かってきた。


「ぐぅ、コイツ! やべー逃げろ」

「おい、仲間をちゃんと連れていけ、あと本当は刑事だ」


オレグにかかれば武器を持った男3人程度では話にもならない。しかし、鏡に指示された通り、気絶させないように適当に痛めつけて逃げ出すように仕向けた。ようやく戦意をくじいたところ、オレグの乗ってきた大型ワゴンに乗り込み、その場から逃走した。彼らが逃げ出す気になった時点で刑事だと話せば車で轢こうという気を起こさせないためにそうするよう鏡に言われていた。


「お疲れさま」

「スマホは身に着けておらず、ハウスの中にありました」


闇バイトで雇われた寄せ集め連中を痛めつけている間に関節を決め衣服をチェックしたがスマホは探せなかった。コンパクトカーでトレーラーハウスのそばへ乗り付けた鏡にスマホを手渡すと慣れた手つきでロックを簡単に外し、メールやSNS、サイトの閲覧履歴などを調べ始めた。


「見つけたわ。カタロットを名乗るなんて、ジャソプや原作者にいい迷惑だわね」


マスコミなどでも取り上げられている指示役が名乗っている名前。ダークウェブ上の掲示板でやりとりをしていて、メールアドレスやIPでも探知不可のやっかい方法を取っている。


「ふふっ、でも相手が悪かったわね」


鏡が例の真っ赤に染めた右手人差し指の爪を使って、実行犯が指示を受けている掲示板に文字を入力していった。


【██くりの██いにごりみずで、たましいを██せ】


「どういう意味です?」

「人形に宿った呪詛を文字に染み込ませたの、文章はただのプレーンテキスト」


オレグと鏡ができるのはここまでだという。


翌日、神奈川県の橋の上から大型ワゴンがガードレールを突き破って転落、大破・炎上して3人とも死亡。大型ワゴンはレイプ魔が使っていたワゴン車で女性の怨念がたっぷり籠っていたという。


それから1週間後。北海道のとある場所で熊に襲われた男性の遺体が発見された。事件性はないものの、1週間前に彼のスマホから道警に「関東近辺で起きた連続強盗事件の罪を償います」と意味深なメールを送った履歴があり、警察の方でGPSを使って行方を追っていたそうだ。





















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ワケあり物件!

家賃1.5万円、管理費-、共益費0.8万円

敷金: 12万円 礼金: - 保証金: -

所在地███県███市(住所については要問合せ)

JR ██駅歩18分

間取り 1LDK 専有面積 35.63m2

築年数、階層:築18年、1階

建物種別:アパート

他:即入居可、連帯保証人、身分証明不用

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ここなら、しばらく身を隠せそうだ。

居眠りで通学中の小学児童の列に突っ込み13名を死傷させた男は、盗難車を乗り継いでとある街の公園の駐車場で車に寝泊りしていた。そんな彼にとって住宅情報誌に載っていた今、もっとも彼が欲しい隠れ家を見つけた。








「はい、こんにちは。こちら〝こもりつきや〟でございます!」







   ─ 終 ─

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【短編】事故物件不動産 ─こもりつきや─ 田中子樹@あ・まん 長編3作品同時更新中 @47aman

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