二軒目:放火魔
子どもの頃、よく家族でキャンプに行った。
両親が焚き火を囲み、お酒を飲んで談笑している間に頼まれた薪を焼べる作業が楽しかった。
両親が離婚し、母方の実家である田舎に引っ越すと母親はすぐに男を作って祖父祖母の家から自分を残して出て行った。
その頃からだろうか。
近所にいる野良猫に餌付けして慣れてきたところで捕まえ、裏山で燃やし始めたのは……。
針金をぐるぐるに巻いて動けなくする。それからすり鉢状にした焚き火の中に放り込んだ。生きたまま飛び跳ねて踊る様子を見て、小学6年生にして初めて精通した。
男は工業高校を卒業して祖父母の家を出て、都会で一人暮らしを始めた。
真面目に働いたおかげで、修理工場の社長に気に入られ、やがて社長の一人娘と仲良くなって交際をはじめた。
しかし、1年後、付き合っていた社長の娘が男に黙って合コンに行き、そこで知り合った男に寝取られてしまった。数日後、社長の娘から別れ話を切り出され、別れることになった。
そして男は、社長に会社をやめることを報告し、住んでいたアパートを引き払った。
その足でそのまま例の寝取り男の家に向かい、浮気した元カノと一緒に
放火は燃え広がり方から火元を探り、不審な点を洗い出し、事件性がないか調査する。それを知っていた男は、あらかじめ社長宅に呼ばれた時に寝取り男の家の鍵番号を調べ、合鍵を準備していた。その合鍵で侵入して、2階で猿どもが行為に及んでいる間にキッチンのガスの元栓を開け、点火するつまみを捻りガスを垂れ流した。
それだけで十分だった。
寝取り男は喫煙することを事前に調べて知っていた。行為に及んだ後、一服するだろうと家からすこし離れたビルの非常階段で待っていたら、家が爆発して、またたく間に火が燃え広がっていった。男はとても用心深い。集まる野次馬を無視して、燃える家を双眼鏡で覗きながら自慰行為に耽っていた。絶頂を迎えた瞬間、子どもの頃に猫を燃やした時よりもはるかに深い快感を味わった。
男はそれから全国を転々としながら、放火を繰り返すようになった……。
「██さんですね。〝こもりつきや〟の鏡と申します」
住宅情報誌に書かれていたいわくつきの物件を探した男は不動産会社の担当と連絡を取り、物件近くの最寄り駅で待ち合わせをしていた。
20代後半の女性。
ビジネススーツのよく似合うキャリアウーマンで、肉付きが良く、バストが大きく腰がくびれていて女性の魅力をふんだんに兼ね備えている。風邪を引いているのかマスクをしていて、大きな黒縁メガネと左右の髪の毛で顔の露出面積を狭めているので、目と鼻の付け根あたりしか見えない。だが、それだけでも相当な美人であることが理解できた。
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鏡 都衣 (Toi Kagami) 営業部長 (Sales Manager)
株式会社こもりつきや (Komoritsukiya Co. Ltd.)
〒███-████東京都███区██4-4-4
(4-4-4 ██, ███-ku, Tokyo███-███4, Japan)
TEL: 03-████-████ (03-████-████)
メール: toi.kagami44@███.co.jp
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渡された名刺に目を通す。
気になったのは会社名。どういう意味があるのか少し気になった。
「あの……本当に一軒家が家賃3万円なんですか?」
「はい、情報誌に記載の通りでして、その……」
「訳ありなんですよね、どういったことがあったんです?」
不動産業者において、顧客への事故物件であることの表示義務はない。
この不動産屋はあえて「訳あり」だと書いているくらいなので、話してくれそうなので訊ねてみた。
「なんでも子を亡くした母親が自殺したらしいです」
転売に転売を重ねて、今の不動産屋へ流れ着いてきたという。昭和中期に建てられた古い家なのでそもそも会社に利益は出ないが、いずれ更地にして、高値で売りに出す予定であるとのこと。
以前、中年の女性がひとりで住んでいたそうで、シングルマザーの女性が大切に育てた子が先立ってしまい、ショックのあまり、ガスによる一酸化炭素中毒で亡くなったらしい。不幸中の幸いで近所の人がガスの臭いに気づき火災にはつながらず、周囲を巻き込む惨事には至らなかったそうだ。
「その割には空き地が多いですね」
「ええ。いずれ、この場所にマンションが建つ計画がありますから」
セメント瓦で葺いた平屋の一軒家。
家の周りには1軒だけ、大きな家があるだけで、他はきれいさっぱり更地になっている。男自身、この場所に長く居座るつもりはないので、あまり気にも留めなかった。
男が引っ越してきてから1週間が経った。
あいにく雨が続き、放火できる環境ではなかったため、下調べだけを入念に行っていた。
放火は通常、1回で成功する確率は低く、何度も火をつけて回る必要がある。よく不審火が地域一帯で頻発するケースは大抵これに当たる。自分の住んでいる周囲に火をつけて回ると、警察に地図上で行動範囲を読み取られてしまうことを知っている男は、自転車で10kmも離れた街をターゲットにすることに決めていた。理由は単純で他の街よりもその街の方が街灯が少なく、防犯カメラが少なかったため。こういった町は治安がよく、住民の警戒が他より薄いのが特徴。逆に治安の悪い街だと住民の警戒心が強く、よそ者が住宅に入り込むとすぐに噂されてしまう。
次の週に入ると、天気が回復し、天気予報でもしばらく晴れが続くというニュースを見て男は明日の晩に放火を決行することに決めた。
百均で買ってきた大量の着火剤。
これを砕いて、
すごく頭が痛い。
明晩の準備に余念なく取り組んでいたが、疲れていつの間にか作業部屋で寝落ちしていた。
身体が痺れて動けない。顔だけテーブルにもたれ掛かり、両腕はだらんとテーブルの下に垂れ下がっている。
男はこの臭いに心当たりがあった。首だけをどうにか動かし、キッチンの方を見るとガスが漏れていた。男はすぐそばに火のついた蚊取り線香とメモ用紙があることに気づいた。
『放火で殺された娘の仇です。お願いします。どうか地獄に落ちてください』
メモを見た瞬間、男は興奮し、下半身が滾り始めた。
(いっ、逝くぅぅーーっ!)
その直後に蚊取り線香が火種となり、ガスに引火し大爆発を起こした。男は絶頂を迎えたまま、命を落とした。
家が完全に焼けて更地になった土地を含めて、隣の家に住んでいる自殺した母親の兄夫婦がマンションを建てる予定になっている。
「今回の件も〝
「ええ、でも今回は復讐も兼ねてるわ。あの物件の情報は
スキンヘッドの大男は、会社の上司である鏡部長に事件の真相を訊ねた。
あの物件の不動産情報が読めた人物は、すなわち放火で大切な娘を焼き殺した犯人。自殺した母親の強い怨念があってなせる業だった。
「でも、今回の男は変態だから、案外悦んじゃったかもしれないわね?」
「そんなまさか!」
この世の中には、とうてい常人には理解できない性癖を持つ者がいる。そんなアブノーマルな人の中には自分が焼け死ぬ瞬間に興奮を覚える救いようのない男もいたという……。
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