【短編】事故物件不動産 ─こもりつきや─
田中子樹@あ・まん 長編3作品同時更新中
一軒目:婦女暴行魔
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ワケあり物件!
家賃2.0万円、管理費-、共益費0.5万円
敷金: 15万円 礼金: - 保証金: -
所在地███県███区(住所については要問合せ)
JR ██線/ ██駅歩25分
██都市モノレール/██公園駅 歩18分
間取り 1DK 専有面積 29.51m2
築年数、階層:築15年、3階
建物種別:アパート
他:即入居可、連帯保証人、身分証明不用
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千葉県のとある駅のそばにあるコンビニで不動産情報の載っている雑誌を立ち読みしている男がいる。
男の名は、五反田利一、32歳。
21歳の頃に強姦致傷罪で逮捕。5年の実刑判決を受けた後、出所し、3人の女性を郊外の廃屋に監禁したとして現在、指名手配を受けている。
「ワケあり? そんなのどうでもいいし」
興味を引いたのはそこではなく、不動産情報の下に書かれていた「即入居可、連帯保証人、身分証明不用」という文字。
五反田は、女性に暴行を働いたことを後悔したことは一度もない。
むしろ、警察に捕まって死刑になるまでにあと10人以上は自分の欲望をぶちまけたいと思っている。
さっそく、不動産会社に電話をかける。
「はい、こちら不動産を取り扱っている〝こもりつきや〟でございます」
若い女の声。
五反田は背筋がうずくのを我慢して、例の物件の問い合わせをした。
「こちらは大丈夫です。これからご案内いたしますか?」
気に入れば、その場で敷金と1か月分の家賃を払って契約書にサインすれば鍵をその場で受け渡すことも可能だという。逃亡中の五反田としては願ってもない条件だった。
「広崎さんですか?」
近くの駅の前で待ち合わせで立っていると、背丈が2メートル近いスキンヘッドの男に声をかけられてビビった。広崎とは先ほど不動産会社に名乗った嘘の名前。この男が不動産会社の社員だとすこし遅れて理解した。
「はい、そうです」
「ではさっそく向かいましょう」
「ええ、先にどうぞ、後からついて行きますから」
この男はかなり目立つ。
一緒に歩いていると、興味本位でスマホのカメラを向ける輩もいるかもしれない……。一応、裏の整形業者に頼み、多少顔のパーツはいじってあるが、注目されるとバレてしまう可能性もある。
目抜き通りから横道に入ること数分。商業施設と住宅が混在しているまだ都市区画整理がされていない場所にそのアパートは建っていた。
「どうでしょう?」
3階に上がり、部屋の中を見せてもらうと、白い壁には無駄な装飾もなく、広々とした空間が広がっていた。床は淡い木目調のフローリングで、窓の先はビルの背面部が目の前に反り立っていて何も見えず、日中でも陽の光が直接射さない静謐さを感じさせる部屋。室内は驚くほど綺麗で、傷ひとつない壁や天井が新築同然の印象を与える。この価格でこの住み心地の良さそうな部屋……想像以上の掘り出し物に胸が躍る。
「気に入ったので今日からでも大丈夫ですか?」
「ええ、もちろんです。それでは手続きに移りますね」
現金は十分に持っている。
逃げている途中、田舎の方で3件空き巣に入ってみたが、タンス預金が1,000万以上もあった家が一軒あったので、敷金15万と家賃2万5千円くらいなら余裕で払える。
とりあえず、ここに潜伏して、この街にいる「箱師」とコンタクトを取ろうと思っている。五反田も噂でしか聞いたことがないが、箱師とは戸籍ごと別の人間になりすますのを手伝ってくれるプロ集団で、金さえ詰めば多重債務者や逃亡犯などでも世話してくれるという。
「こちらが鍵になります。あっそうそう!」
巨体を揺らし、不動産会社の社員が天井にある通気口を指差す。
「あの通気口の蓋は開けないでくださいね」
「どうしてですか?」
「ちょっとネジがバカになってて、いずれ取り替えますから……」
適当なことを言っているが、あの場所がいわくつきの部屋になった理由が隠されているんだろう。まあ五反田にしてみれば、この場所でひとが何人首を吊ってようが、怖くもなければ興味もない。
3日が経った。
アパートを拠点に周辺で物色していたら、近くの大学に通う女子大生を次のターゲットにすることに決めた。
五反田は相手に気づかれないように追跡するのが得意だ。もしかしたら探偵業をやっていたら成功していたかもしれない。彼女の写真を部屋の壁に貼っていく。まだ30枚程度だが、部屋一面に写真で埋め尽くしたら、彼女を部屋で飼っていいという証だと思っている。
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリッ
それにしても気になるのは、寝ている時に聞こえてくる何かを引っ搔いているような奇妙な音。五反田が寝ている真上。ちょうど例の通気口から音が聞こえる。このアパートは3階建てで上には住人は誰もいない。幽霊といった類を信じない五反田だが、さすがに夜の間、ずっと聞こえてくるので気になってしょうがない。翌朝、屋上へ登る階段に設けられている柵を乗り越えてみたが、特に何も見当たらず、音の正体がわからなかった。
そしてさらに3日後。
近所の公園でベンチに座り女子大生が大学から帰ってくるのを待っていた。
すると、子どもを遊ばせていた母親数人がこちらを見てヒソヒソ話をしている。なにか不自然な点でもあったのだろうか? 目立つのはまずい。五反田はベンチから離れ、女子大生の帰宅ルートを適当に歩いて回ることにした。
「あっ、この人です!」
角を曲がったところで出合い頭に警察官と一緒に歩いていた女子大生に指を差された。おかしい。尾行で気づかれたことなどこれまで一度もなかったのに……。
なんとか追いかけてくる警察官から逃れて自分の部屋へ辿り着いた。
部屋に戻り、一度洗面台で顔を洗う。
顔をあげた五反田は洗面台の鏡に映る自分の顔の異変に気付いた。
恐ろしく痩せこけた顔。目のまわりにはクマができていて唇が異様に青白い。
こんな風貌で街中を歩いたら、さぞ目立っていたことだろう。
そういえば1週間近く食事をほとんど取っていない。夜中に聞こえる「カリカリカリカリ」という音が気になって食事を取る気にもなれなかった。
カリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリカリッ
またか……。
まだ日を沈んでもいないのにあの音が聞こえる。
五反田は、アパートの廊下に置いてあった誰のものか知らない脚立を盗んできて、天井の通気口に手を掛けた。
暗くてなにも見えない。
天井裏には何も見当たらず、特に異変もなさそうだった。
「うっ」
一瞬、首にひんやりとしたものが当たり、首にロープが巻かれた。その瞬間、なぜか足場にしていた脚立が倒れ、首が絞めつけられたまま宙づり状態になる。
「あ゛っがぁば──」
食い込むロープに無理やり指をねじ込むが、じたばた暴れているせいで余計に締め付けられて意識を失いそうになる。五反田が宙づりになったまま必死に上を見上げると、通気口の中から白い手が五反田に伸びてきて顔を掴み、下に押し始めた。五反田は口から泡を吹き、足をばたつかせていたが、動かなくなった。
「警察は追い詰められた容疑者が『自殺』したと公表しました」
あるオフィスの一角で、スキンヘッドの大男が窓を背にしてパソコンで作業をしている女性に報告を行った。
「あの部屋で殺された女性が成仏するための生贄。うまく演じてくれたようね」
「いつも思うのですが、なぜあの男が
──タンッとエンターキーを押して、作業を終えた女性は、男の方をちらりと見て、微笑んだ。
「あの部屋に住んでいた女性は、暴行魔に部屋で襲われて殺されたの」
「それはつまり?」
「
人差し指だけ真っ赤なマニキュアをした女性が立ち上がり、窓の外を見ながらそうつぶやいた。
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