不便から始まる奇妙な未来

 「なんでそんな車が売れるんだ?」と笑ってしまう設定なのに、読み進めるうちにじわじわと違和感が広がり、気づけば背筋が寒くなる。そんな不思議な読後感を味わえるのが、この『左折できない車』です。

 不便なものを「なんとか工夫すれば使える」と考え、そのうち誰もが「それが普通だ」と受け入れてしまう。この流れは、まさに星新一のショートショートに通じるものがあります。最初は奇妙でバカバカしいはずなのに、やがて社会全体がそれに適応し、当たり前になっていく。それがどれほど異常な状態であっても、です。

 特にラストシーンには、静かな美しさと同時に、言葉にしがたい虚しさが漂います。長い時間をかけてたどり着いた「ある瞬間」。それは本当に価値のあるものだったのか? 読み終えた後、そんな問いがじんわりと心に残る作品でした。

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