これはとても良い作品ですね。作者の野梅惚作さんは、今年8月から小説を書き始めたそうですが、これからどんどん良作を出しそうな予感がします。
ストーリーは、日本で発見された、18世紀のパリの巨匠ルシアンが幼少時に描いた犬のデッサンが、オークションにかけられるところから始まります。そのデッサンは、荒々しい筆致で描かれ、まったく売れ筋とはいいがたいものでしたが、誰の心をも掴んで離さない魅力に満ちていました。
本作はこのデッサンをめぐる、二人の画家、師のカイエルと、弟子のルシアンの物語です。成功や名声への渇望と、それに相反する芸術家としての本能。
流行作家として画壇で大きな成功を収めたルシアンは、不遇のカイエルとの再会を果たした後、足元を見直して、独自の画風に昇華していくその過程にとても引き込まれます。
分野は全く異なりますが、「何のために描いているのか」という問いかけは、WEB小説作家の皆さんも日ごろお感じになっていることではないでしょうか。
そんなことにも思いを馳せ、感銘を受けた作品でした。
わたくしはとてもお勧めします。
一枚の絵をめぐって描かれる、二人の画家の物語。
華やかな成功と静かな孤独、世間の評価と個人の信念。
その対比の中で『芸術とは何のためにあるのか?』という問いが、静かな文章で語られます。
作品が、誰かにとっての『お気に入り』(=My fav)になれるかどうか。
世界に評価されるかどうか、時代に名を残すかどうかよりも、ただ一人の心を支え、ただ一人に愛されること。
その小さな『お気に入り』が、作り手にとって生きる支えになる。
そんな真実が、物語の芯に流れているように思いました。
読み進めるうちに、創作に携わる者としての自分自身のことを考えさせられます。
評価や数値で測れる物差しではなく、どこかの誰かが「好きだ」と思ってくれること。
それが作品にとって、そして創り手にとって、どれほど大切で尊いか。
読後の余韻はとても静かで、そして確かに心を震わせます。
自分もまた、誰かの『My fav』を生み出すために書き続けたい。
そう思わせてくれる物語でした。
誰かに師事している方・されている方には、とても強く刺さるのではないでしょうか。
評価されない師匠と、逆に売れっ子の弟子。
ともすれば弟子は傲慢な態度を取ってもおかしくはないのですが、育ちが良いことも手伝ってか、純粋に師匠の事を慕い続け、また己の芸術性にも疑問を抱くなど、実にストイックな姿勢を持ち続けている点が、非常の共感できます。
師匠の方も卑屈になることなく素直に弟子の大成を喜んでいるあたり、非常に良い理想的な師弟関係であると言えるでしょう。
そんな彼らの始まりとも言える、一枚の絵画。
そこに込められた両者の思い。
実に素敵な、師弟愛に溢れる作品でした。
創作に悩む多くの人に手に取ってほしい作品です。