第3話

「はぁ…あったまる…。」


両手に収まっているマグカップの熱が少しずつ冷めていくと同時に、唇を、喉を、胃の中まで熱が移動していく。

五臓六腑に染み渡るってこういうこと…?ってくらいじわじわと私を温めていく。


コンポタ、美味い。

ほんと、ありがたい。


クラスメイトの家、裸足に足湯、コンポタ…何から何まで予想外だけど、今この幸せを享受するために、あの雪の中歩いたんじゃないかってくらい、心地いい。

神様、母様、吉野様…ありがとう…。


「平澤って…なんでも美味そうに飲み食いするよな。」


椅子に反対向きに座り、背もたれに両肘をついて私を眺めていた吉野が呟く。


「へ?なんでもって…?」


「いや、クラスとかでさ、弁当とか食べてる時たまたま見かける時とかあんじゃん?そういう時、平澤はほんとに美味そうに幸せそうに飲み食いしてるなーって思うんだわ。」


「…そんなの見てないでよ。」


「いや、別に見てるわけじゃないんだけど、同じ教室の中だから、視界に入るときもあるだろ?」


「まぁ、そりゃそうかもだけど…。」


「なんか、ハムスターみたいだよな。」


「!!!」


それこそ両手に持ったひまわりの種よろしくマグカップを握りしめ、顔を上げた私は、なんだと?!という気持ちと同時に、その瞬間「確かに。」とも思ってしまった。

悔しい…否定できない。


その両手に握りしめたマグカップを片手で掴み、吉野は代わりにタオルを手渡してくる。


「そろそろ、お湯がぬるくなる前に拭いた方がいいぞ。」


「あ、うん。」


タオルを受け取り、足をバケツから外す。

ずっと温まっていたかったけど…仕方ない。


えの靴下を履き、指を開いたり閉じたりしてみる。感覚は元通りだ。


吉野はキッチンにいるのだろうか…?


吉野が消えた方に向かう。

水音と、カチャカチャという食器の音が聞こえてくる。


「…吉野?」


マグカップ1つでこんなにカチャカチャいう…?何を洗っているのだろう。


「おわっ…平澤?!もう出たのか。」


「だって、吉野がタオル渡したから…。」


「あぁ、そっか。タイミング早すぎたか、ごめんな。」


「ううん、そんなに長居しても悪いし…。」


「それは別にいいけどさ…。」


「ところで、それ、手伝ってもいい?」


私の視線の先には、何日分?という量の食器が泡だらけになっていた。


「えっ…いや、いいよ!俺のサボった結果だし。」


「え?」


「親父達いないって言ったじゃん?だから、数日1人で飯食ってたわけで…そうすると、1人分の洗い物なんてたいした量でもないし、あとでいっか、が積み重なった結果が…これなわけで…。」


「なるほど…。」


「だから、そんなのを平澤に手伝わせるわけにはいかないよ。」


「でも、そのマグカップは私が使ったものでしょ?」


「そうだけど、それは俺が勧めたんだし…。」


「コンポタ美味しかったし、助かったよ?それのお礼に手伝うのはおかしいかな?」


「…おかしくはないけど、さ。」


「じゃあ、これ、泡流せばいい?」


「うん、じゃあ、お願いします。」


そう言うと、吉野は右に一歩横歩きをして私の入るスペースを空ける。

私は、カーディガンとブラウスの袖をまくると、泡だらけの食器を手に取る。


水音と食器のカチャカチャという音だけが、響く。

無音ではないけど、無言の空間。

不思議と嫌な感じはなくて、変な感じ。


「これで終わり、ありがとな。」


「どういたしまして。こちらこそ。」


「「……。」」


あれ、さっきまで何しゃべってたっけ…?

水音も、食器の音もなくなった今、無言の空間は少しいたたまれない。

…吉野が口を開く。


「平澤、足、何cm?」


「へ?足?足の長さ?」


身長を聞かれるならまだしも、足だけの長さなんて…。なんで?私は首を傾げる。


「いやいや、そうじゃなくて、靴のサイズっつうの?…なんでいきなり足の長さ聞くと思うんだよ…平澤、面白ぇな。」


軽く笑う、その表情になんか、恥ずかしくなる。

…なんで足の長さと思った…?

そうだよね…靴のサイズだ。

でも、どっちにしろ、なんで?


「24センチだけど、どうして?」


気を取りなおして質問の意図を問う。

なぜに靴のサイズが必要なのか。



「あっ…あのさ、靴…カイロ入れといたから少しはましかもしんないけど、まだ乾いては居ないだろうからさ、俺の長靴履いてけば?」


「えっ…そんな!悪いよ…あと帰るだけだから、濡れてもお風呂入るとかすればいいし…大丈夫だよ…。ていうか、吉野だって雪かきとかで使うでしょ?それに、きっとぶかぶか…。」


「いや…昔さ、ばあちゃんがさ、俺のために長靴買って送ってくれたのがあったなぁって…思い出して…。それがさ、俺じゃ到底入んないくらい小さくてさ……たぶん昔の…俺の靴のサイズの記憶なんだろうけど、俺のことまだ…小さいと思ってんだよな…結局履けなかったんだけど、なんか返すのも悪くてさ、平澤なら入るかと思ったんだ。」


「そんな、尚更そんな大事なもの…。」


「いや、大事とかそういうのとも違うような…気持はありがたいから、なんかうまく使ってやりたいなぁって。あっでも、無理にとは言わないんだけど…。」


またしょんぼりとする吉野に、なんか…小さかった頃のうちのタロが、せみを捕まえてきたことを思い出す。タロは見せに来てくれたんだろうけど、当時私は蝉は怖くて仕方なくて、受け取ってはやれなくて、それで、タロがしょんぼりしちゃった…っていう…似てる。


「吉野って、人のために一生懸命になれる人だね…凄いね。」


「えっ…そう?ダメだった?ウザい?」


「や、そういうんじゃなくて…凄いなって。自分のことだとこんなに洗い物溜めるくらい後回しにしちゃうのに、私が使ったマグカップはすぐ洗おうとしてくれたり、雪かきとか足湯とか、何から何までテキパキしてて、人のためだと頑張れるタイプなのかなって…。」


「あ〜…そういうとこ、あるかも…。」


「ありがとうね。」



「いや…どういたしまして…。てか、俺さ、昔、雪の中で遭難しかけてさ…。」


「えっ…山とか…?」


「いや、市街地で。東北だからさ、雪なんか普通のことで、たまたま、すげえ雪だったんだ、その時。なんか、学校の帰りだったか、友達んちの帰りだったか、とにかくそんな降ると思ってなくてさ、帰る頃になってこれはヤバいぞ…ってなったんだけど、帰るっていう選択肢以外、思い浮かばなくてさ…無理やり帰ったんだよ。」


「そんな…大丈夫だったの…?」


大丈夫だったから、ここでこうしているだろうに、思わず確認してしまった…。


「いや、そんで途中ですげぇ降ってきて、右とか左とかわけわかんないくらい…。あれは怖かった…。」


昔ってどのくらいだろう…?小さな子が通い慣れた道で右も左もわからなくなるなんて、きっと凄く、怖かっただろう…。


「でさ、家の近くまで来たあたりで、結局どうにも進めなくてさ、もうダメだって思った時、近所の爺さんが助けてくれたんだ。たまたま除雪で通りかかっただけだったらしいんだけど。」


「そうなんだ…。」


よかった…とほっとしてしまった。

考えるだけで怖い。


「その後はもちろんすっげぇ良くしてくれてさ、それこそ、足湯とか…温かい飲み物とか出してくれたんだ。」


「そっか…。」


だから、どうしたらいいか分かってたんだ。

それであんなにテキパキと…。


「その後は親に電話してくれたり、送ってくれたりしたんだけど、俺もなんかお返ししたくて、雪かき手伝うようになったりして…こっちくるまでほんとに世話になってさ…。」


「お前も困ってるやついたら、助けてやれよ…って言われて送り出してもらったんだけどさ…。」


「うん。」


「まさか、関東きて雪から同級生助けるとは思わなかったわ。」


吉野は笑う。なんか「にへらっ…。」って効果音が似合いそうな顔で。


「情は人の為ならず…ってやつだね。」


「あぁ、そうそれそれ!」


吉野をお爺さんが助けてくれて、その吉野が、私を助けてくれたわけだ。

お爺さん、ありがとう。


「だから、よかったらなんだけど…。」


「うん、じゃあ、ありがたく…借りてくね?」


「え、いいよ、俺履けないし、あげるよ。」


「ううん、借りてく。だからさ…。」


「うん?」


「また、返しにくるね、吉野のうちに。」


「おっ…おう!じゃあ、今度はココア用意しとく!」


「それじゃ、また、お世話になっちゃうじゃん。」



「あは、確かに。」


助けて助けられて…きっと終わりなんて無いのかも…。

そんな風に思う、少し寒い、雪の日の話。


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雪の日。 ふらり @furarin

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