後編

 恐る恐る目を開けると、窓の方に、まるで空間が切り取られたように、丸い穴が空いていた。その中は虹色の光で満たされている。


 次の瞬間、光の中から四本足の動物に引かれたソリが現れた。ソリには誰かが乗っているのが見える。その、茶色い毛並みの生き物は、頭から生えた長い枝分かれした角で、ブラックサンタに突撃していく。


 光の尾を引く突進に、ブラックサンタは弾き飛ばされ、部屋の隅に転がった。あんなに小さいのに、大した威力だった。

 そう、現れたトナカイとソリは、手の平程度に小さかったのだ。小さなそれは、光の粒を散らしながら、部屋の中を旋回する。


「大丈夫か、少年」


 それの光を浴びると、ロットを縛っていた黒い粒子は、浄化されたようにすうっと消えた。ターニャも同じように解放されて、床に横たわっている。

 ソリに乗っていたのは、小さいけれど、赤い服を着て、白い髭と髪を持った老人だった。


「くそっ……。サンタクロースか。まだ存在していたとはな。しかし何だ、その間抜けな姿は」

「その間抜けな姿に力負けしたのは、どこのどいつかな」


 小さな赤い服の老爺は、ふんと胸を張る。トナカイも誇らしげに鼻を鳴らした。ブラックサンタは、悔しそうに顔を歪める。


「ほざくな……っ。貴様のような、消えかけの脆弱な物語がぁっ!」


 ブラックサンタは態勢を立て直し、小さなサンタクロースとトナカイに掴みかかろうとする。


「それは、お主も同じじゃろうて」


 悲しそうに頭を振ると、サンタクロースは静かな表情のまま、ソリに積んでいた白い袋を開けた。そこに手を入れると、光の棒が引き抜かれた。トナカイの角も、光を纏って輝く。

 そして、サンタクロースとトナカイは、ブラックサンタに突っ込んでいった。巨人と小人の戦いが始まる。


 ブラックサンタは腕を振り回して、サンタクロースとトナカイを握り潰そうとするが、一人と一頭は巧みに連携し、一方がブラックサンタを引き付けた隙にもう一方が攻撃したり、あるいは死角から攻撃したりと、ブラックサンタを翻弄した。

 サンタクロースが光の棒で殴り、トナカイが角で突く度、ブラックサンタの身体から粒子が零れるように散っていき、その姿はどんどん小さくなっていく。


「くそおおおおお!!」


 気が付けば、ブラックサンタは小さなサンタとトナカイに、一方的にやっつけられていた。最終的にブラックサンタは、サンタクロースよりも一回り小さいくらいになってしまった。これくらいなら可愛いかもと、ロットは思った。

 小さくなったブラックサンタは、ぴょこぴょこと跳ね、


「これで勝ったと思うなよ! 人間の心に闇がある限り、俺たちはまた現れる!」


 捨て台詞を吐くと、開いた窓から逃げていった。


「あっ」


 ロットは声を上げる。逃がしてしまっていいのか。


「いいんじゃよ。あれくらいなら、滅多な悪さはできまいて」


 サンタクロースは光の棒を袋にしまい、トナカイもソリの元へ戻ってきた。


「光ある所に影はある。あれの言ったとおり、光が強くなれば、闇も深くなる。しかしまた、光も決して消えることはない。お主らのように、わしらを信じてくれる人間が、一人でもいる限り」


 サンタクロースは訥々と語る。ロットは、その小さな一人と一頭を、不思議そうにまじまじと見つめる。


「えっと……本物のサンタクロース……なの?」

「そうじゃよ」


 赤い服のサンタクロースは、えっへんと胸を張る。


「でも俺……サンタなんていないって言った……。ごめん」

「心の底では信じたかったんじゃろう? 奇跡を叶えてくれるサンタクロースを。今は信じてくれる子供たちが減ってしまってこんな姿じゃが、サンタクロースは子供の願いを見過ごしたりはせぬよ」


 ロットの顔の前にふよふよと浮かぶサンタクロースは、優しく微笑む。


「あれも本当は、寂しかったんじゃろうて。忘れられるのは、寂しいからのう……」


 寂し気に呟いてから、気を取り直すように髭を撫でて、サンタクロースはトナカイをソリに繋いだ。


「さあ、わしもそろそろ行かねば。わしを待っている子供たちは、他にもいるからの」


 ソリに乗り込んだサンタクロースは、トナカイの手綱を握る。


「そうそう、少年。君たちにも、ささやかなプレゼントを用意させてもらった。もうすぐ来るはずじゃ。では、兄妹仲良くな」


 ふぉっふぉっふぉと柔らかな笑い声を上げて、サンタクロースとトナカイは、開いたままだった空間の穴に入っていった。ソリが光の中に完全に消えると、その光も静かに霧散して消えたのだった。


 後には狐につままれたような顔をした少年と、気絶したままの妹、それからフリーズしたアイリスが遺された。

 やがて、アイリスがぱちぱちと瞬きをした。


「あら、わたし……? 申し訳ありません、坊ちゃま。システムがダウンしていたようで……」


 再起動したらしいアイリスが呟き、ターニャも小さく呻きながら目を覚ました。


「あれ……おにいちゃん……?」


「ターニャ! よかった!」


 ロットは妹を抱きしめる。ターニャは何が起こったのかいまいちわからない様子で、目を白黒させていた。

 そこへ、不意に下から物音がした。玄関のドアが開いた音のようだ。

 またぞろ侵入者かと身構えたロットだが、


「ロット! ターニャ! ただいまー! 仕事に区切りをつけて帰ってきたぞー!」

「ちょっと! 二人とも寝てるかもしれないじゃない。静かに!」


 父と母の声だった。

 声を聞いた兄妹は、顔を見合わせる。そして、二人の顔に笑顔が広がった。


「パパ! ママ!」

「お二人とも、走ったら危ないですよ!」


 二人は階段を駆け下りていき、アイリスがその後を追う。


 メリークリスマス、とどこからか声が聞こえた気がした。


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ブラックサンタは微笑まない 月代零 @ReiTsukishiro

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