後編:真相
「何で殴られたか皆目見当も付かない傷だと? そんなバカな……」
韮塚警部は頭を抱えて唸っていた。
司法解剖の結果、致命傷からは凶器が特定できなかった。解剖医も見た事が無いような形状をした傷だったという。
「唯一の手掛かりとしたら……この埃の様な微量の土でしょうか?」
傷跡からは、微量の土が検出されていた。石で殴ったにしては痕跡が少なく、レンガや土の塊の類というわけでもないらしい。
「現場百回、だな……」
韮塚警部は部下を引き連れて再度現場にやって来た。
「お前ら、何か気付く事はあるか?」
部下の小岩井と里山はポカンとしたままだ。
「やはり何らかの凶器が持ち去られているのか……って、冷たいっ!」
この日は雪の晴れ間だったが、韮塚警部の頭頂部に水滴が降って来た。
「雨も雪も降っていないのに何だ?」
韮塚警部は訝し気に頭上を見上げる。
そこには、理容店の二階の軒先にびっしりと連なった氷柱があった。
「なんだ。氷柱から雫が垂れたのか……ん?」
この刹那、韮塚警部の頭の中のパズルがカチリとハマる音がした。
「そうだ! 氷柱だ!」
***
真相はこうだ。
その日、店主である池崎は店の外に積雪の様子を見に出ていた。
「あー、今日も雪かき頑張らねぇとなぁ」
その時だ。
池崎の頭上に、建物の二階から巨大な氷柱が落ちて来たのだ。
その氷柱は、池崎の頭部を強打し、血飛沫を上げるに至った。それはもう、周囲の雪を赤く染めたほどには。
しかし、冬のK村はとにかく人通りが少ない。
そこで数時間発見されない内に、新たな雪が降り、血痕と氷柱を隠し、ただ殺害されたように見える池崎の遺体だけが残された。
***
「何だ……事故か……」
韮塚警部は、ホッとしたような残念なような気分になっていた。久々に帳場が立つと思っていたので、力を込めていたのだ。
「水の塊っていうのも、こうも極太になると凶器だよなぁ」
韮塚警部は、その場の信じられないような太さの氷柱を見上げてそう呟く。
「雪を掘ったらまだ氷柱の一部が残っているかもな。この積雪をほじくり返すのは骨が折れるが……おい! 小岩井! 里山!」
警部ともなれば自分で雪をほじくり返す事も無い。全ては部下任せだ。
「そういえば、俺が子供の頃は、学校帰りに氷柱を舐めながら帰って来てたっけな……」
今の氷柱は微量に埃の様な土も含んでいる。だから、舐めるのには不向きだ……と韮塚は思った。
「氷柱殺人事件ってかー。今日もK村は平和だねぇ」
そうして、また雪は降る。一面に降る。全てを覆い隠すかのように、どこまでも降り積もるのだ──。
────了
消えた凶器 無雲律人 @moonlit_fables
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