消えた凶器

無雲律人

前編:事件

 周囲を山に囲まれた盆地。そこにその村、K村はあった。


 積雪は優に二メートルを超え、最高気温ですら氷点下である。家々の軒先には極太の氷柱つららがびっしりと伸びており、人々は毎日雪かきをするだけで疲労困憊になっていた。


 この村の主な産業は農業で、冬場は仕事が出来ないため、男衆は都会へと出稼ぎに行き、老人と女衆は家で裁縫の内職をし、子供はかまくらを作ったりソリで滑ったりして遊び回っていた。


 そんなある日の事である、K村に唯一ある理容室の玄関前で、そこの店主の遺体が発見された。


 店主は頭を鈍器で殴られて即死だった。周囲に降り積もった雪には血の跡が飛び散っていたが、すぐにそれは新たな積雪で隠されてしまったようだ。建物とサインポールにも血が飛び散っていたので、ここで殺されたと断定されるに至った。


 県警本部の韮塚にらづか警部は、現場に到着するとまず周囲を見回した。凶器になったであろう鈍器はどこにも残されていない。犯人が持ち去ったか……?


 続いて理容店の内部を見回る。今時珍しく、ガラス製の大仰な灰皿が置かれている。もしやこれが凶器か? 犯人が血の跡を拭い去ったか?


「鑑識! この灰皿を徹底的に調べてくれ」


 他にも怪しいものはあった。


 五十センチ大のこけし、木彫りのクマ、分厚いマンガ雑誌、ヘアスプレーの缶、いかにも昭和レトロな置時計、それに、ステンレス製の雪かきスコップ。


 韮塚警部は全てを鑑識に調べる様に指示をした。


「だがまずは、検視結果を見てみないと何とも言えないな……」


 遺体は司法解剖に回される。より細かく犯行の手掛かりが見付かるだろう。


 しかし、その結果に韮塚警部はさらに頭を抱える事になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る