「く」から始まるアリクイの話
「くねくねってご存知ですか」
相変わらず僕は口をつぐんだまま頷いた。
くねくね。聞いたことはある。有名な都市伝説だ。夏に田んぼとかに現れてくねくねと動く白い化け物で、見ると精神がぶっ壊れるらしい。
「あれ、怖いですよね」
お前のほうがよっぽど怖い、と声を大にして言いたいがそれはできない。
「すこし、見せてあげましょうか」
そう言うとアリクイは僕にのそのそと近づいた。
そして、太くてもさもさした前足をぼくの
気づくと、僕は田んぼの中に足を突っ込んだ状態で立っていた。水に浸かった裸の足が何かを踏んでいて、痛い。
勉強机もコートも通学鞄もやりかけの宿題も見当たらない。テレビとかでよく見る、田舎の田んぼだった。おまけにじりじりと日が照り付けていてどこからか蝉の声が聞こえる。夏だった。真夏だ。
みろ。
囁きが聞こえた。ほんの少しだけ、父さんの声に似ているな、とぼんやり思った。
そういえば、さっきからどれだけ体を動かそうとしてもびくともしない。ずっと頭がぼーっとしている。見慣れない田舎の風景を、綺麗だなと能天気に思ったりすらした。
みろ。
しかし、声は止まない。その声に従って、僕の眼球が勝手に動く。
白い。いた。白い。
くねくねと動いている、何かが見えた。ただただぼんやりと。
線香の煙みたいだなと思った。次いで線香のにおいを思い出して、そうすると一気に頭が冴えてきた。
逃げなきゃ。
見てはいけない。
みろ。
見てはいけない。
みろ。
みろ。
みろ。
みろ。
みろ。
みろ。
みろ。
白いその物体が、僕に微笑みかけて言った。
「こんにちは。十歳ですか」
違う。逃げたい。逃げたい。お願いだから逃げさせてください。
見ないと死にますよ。どこからかあのアリクイの声がした。
どうせ見ても死ぬだろ。ふざけないでほしい。
みろ。
そう言いながら、白い物体はその身体をぐにゃんぐにゃんとくねらせた。
見ている。僕は見ています。許してください。
すうっと、線香の煙が僕の体の中に入って来る。心がほどかれていくように感じた。毛糸で編んだぬいぐるみ。それをゆっくり壊されるような感覚。徐々に意識が遠のいていく。
「大きくなったね。春樹」
最後に父さんが見えた。頭だけがない、歪な姿だった。
食蟻獣の棲む家 隣乃となり @mizunoyurei
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