「わ」から始まるアリクイの話


「私は一回だけ、死んだことがあります」


 アリクイは静かにそう言った。対して僕は何も言わない。言うと死ぬからだ。

〈アリクイがこちらを見ているときは、声を出してはいけない〉

 それがルールだと、一番初めに教えられた。


「死んだ後の世界を、見たことはありますか」


 問いかけの形をとるな、と思う。僕がうっかり声を出してしまった瞬間に殺そうっていう魂胆なのか。仕方がないので僕は黙って首を横に振った。


「そうですか。でもそれでいいのですよ、きっと。私は見たことがありますが、あんなものは見ないに越したことはありません。まずは焼かれます。この国には火葬の風習があるそうですね。それならわかると思います。死んだ身体を焼かれるでしょう?もう痛覚なんてとっくに逝っているので痛みなんて感じないはずなんですけど、感じるんですよ。それが。」


 僕は何も言わない。言うと、死ぬから。


「私が死んだのは、そのことを知りたかったからでした。普通の生き物にはできませんが、幸い私はできるので、やってみました。せっかくですしね。」


 アリクイはその細長い吻を気味悪くくねらせながら喋る。


「まあ結局、何が言いたいかというと…」


 その瞬間、一階から何かが割れる音がした。

 ガラスが割れるような音じゃなくて、風船が割れるときのような破裂音だ。


 気にする様子もなくアリクイは続けた。目を閉じていて、それが笑っているみたいで怖かった。


「アナタのお母さん、大丈夫ですか?」



 僕は勢いよく自分の部屋を飛び出し、階段を駆け下りた。


「母さん!」


 叫んですぐに、声を出してしまったことに気づいて背筋が凍ったが、今は見られていないから大丈夫だと思い直した。


 リビングに飛び出して、そこでやっと気づいた。


 母さんは今日仕事だ。家にいるはずがない。

 

 だから当然、リビングには誰もいなかった。

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