3話 追放

 騎士養成所内にある所長室、ソラはノックをして扉の前に立つ。


「入りなさい」


 入室を許可する声にソラは扉を開けると、絢爛な机に備わったこれまた絢爛な椅子にふんぞり返る、銀色の髪をオールバックにした老齢の男性がそこに座っていた。

 

 この騎士養成所の所長を務める、ディラン=ラトクリフである。


「第45期ソラ=レイウィングは――」 


「ああ、もういいからそういうのは」

 

 ソラの申告に割って入るディランは、一見穏やかでにこにことした様子であるが、その目の奥からは明らかにソラに対する侮蔑の念が漏れ出しているかのようであった。


「ソラ君、ウェルズ君から聞いてるよ、君は今日で15の歳。そして銀衣騎士への覚醒は果たせなかった。つまり騎士候補生としてここに居られるのも今日までだ」


「はあ、そうですね」


「ウェルズ君が君を推薦して来たお蔭で、条件付きとは言え君みたいな素性の知れない”混血種”のガキを、この気高き騎士養成所に置かなければならなくなった。奴が騎士師団長としての肩書も持っているお蔭でね」


「あのう、ウェルズ教官も”混血種”ですよ、あと数年前から混血種に対する差別は法で禁止されてますけど大丈夫ですか?」


 飄々とした様子でソラがそう指摘すると、額に青筋を立たせて激高するディラン。


「五月蠅いぞ、そんな法など知った事か! とにかくお前は銀衣騎士となり帝国に忠誠を尽くして貢献するという条件で入所させたんだ。これでようやくお前を騎士養成所から追い出す事が出来る」


「別にそこまで嫌わなくたっていいでしょ、まあでも約束は約束ですからね、ちゃんとここは出て行きますよ」


「ふん、薄汚い混血種が。二度とその面を見せるんじゃないぞ」


 ウェルズの推薦があったとはいえ、元々エリギウスの民では無かったソラが特例でこの騎士養成所に入れたのは、銀衣騎士に覚醒し、帝国の戦力の一端を担う事が前提条件であったのだ。そしてディランの言う通り、銀衣騎士に覚醒出来なかったという事は、この養成所を去らなければならない事を意味していた。


 こうしてソラは、この帝立騎士養成を去る事になり、一旦荷物をまとめる為に寮へと戻るのだった。





 騎士養成所に隣接された三階建ての、騎士候補生用の寮。四人一組のその一室にはソラとアイデクセ、そして他の若い二人の騎士候補生がいた。


 その一室には、自分の荷物をまとめるソラの姿があった。


 そして皮袋に下着やら服やらを詰め込んでいるソラに、アイデクセは声をかけられずに黙って眺めていたが、他の二人の騎士候補生達は楽しげに談話をしていた。


 この養成所での、同期からのソラの扱いは決して良いものでは無かった。混血種であるソラを毛嫌いするディランや、ソラを目の仇にするナハラからの根回しがあったからだ。


「おーい君達、俺もう行っちゃうよ、別れの挨拶とかいいの? 後悔するよ」


 荷物をまとめ終え、部屋を後にしようとするも、自分を気に掛ける様子もなく雑談する騎士候補生の二人にソラは声をかけるが、騎士候補生の二人は構わず雑談を続ける。その様子に、ソラはたまらずベッドに座る二人の間に割って入った。


「おい! 同じ釜の飯を食った仲間とのお別れを惜しむこともせず何だべってんだ、お前らは鬼か!」


 すると、二人の騎士候補生は仕方なさげにソラへと返す。


「あ、いや、その……」


「は?」


「いやあどうやら昨日、レファノス王国・メルグレイン王国連合騎士団〈因果の鮮血〉の連中が、イェスディラン群島の浮遊島の一つに攻め込んできたらしいんだよ」


「へえ、先月ディナイン群島の領空を守護する第七騎士師団長が討ち取られたって聞いたけど多分やったのはそいつらなんだろ? そんなやばい奴らがまた攻めてきてたのか?」


「ああ、でもあのエリィ=フレイヴァルツ率いる第二騎士師団〈凍餓とうがの角〉の騎士達が見事撃退したんだってさ、しかも〈凍餓とうがの角〉はたった数騎だったって話だ」


 それを聞き、ソラの表情が僅かに強張った。しかしその話に特に食い付く様子も無く、気の抜けたような調子で返す。


「あーまあそりゃ確かに凄い話だけども……それにしてもお前ら、さすがに俺に対して冷たすぎじゃないの?」


「あ、いや、ほら、どうせお前騎士諦めても伝令員か鍛冶かぬちにでもなるんだろ? その内どっかで会えるって」


 伝令員とは前線で戦う騎士達に指令や敵の情報等を送る役割を担う非戦闘員の事であり、鍛冶かぬちとはソードの修理や整備、時には開発等を行う技術者の事である。


「まあ確かにな。じゃあそういうことで……元気でな」


「おー元気でな」


 あまりにもあっさりとした同部屋の騎士候補生達の態度に、若干の寂しさを覚えつつも、確かに言う通りだと納得し、ソラは五年間世話になった部屋を後にした。


 ――鍛冶か伝令員……ね、これからどうしたもんかな。


 すると、この先を一人憂いるソラの後をアイデクセは追いかけて来る。何かを言いたげに、口ごもりながらも伝える。


「……ソラ、僕はちゃんと寂しいよ」

 

 俯いたまま呟くアイデクセの頭を、ソラはわしゃわしゃと掻き毟って言った。


「分かってるよ、落ちこぼれ仲間だったからなあ俺とアイデは」


「うん」


「でも諦めんなよ、アイデは十五の誕生日まで数か月あるんだからさ」


「うん……でも」


「何だよ?」


「同じ蒼衣騎士でも僕はソラとは違って剣もからっきしだったし、弓の腕も、ソードの操刃技術だって――」

 

 アイデクセが愚痴を漏らし出すと、それを遮るようにソラはアイデクセの頭を再び掻き毟った。


「大丈夫だよ、アイデならきっと」


「ソラ……ありがとう。もし僕が正規の騎士になってエリギウスの騎士団に入団出来たら、ソラの伝令で、それかソラが整備したソードで精一杯戦うから」


「ああ、絶対どっかの騎士団で一緒に戦おうな」


 ソラは笑顔で応えると、拳を突き出した。アイデクセはそれを見て微笑み、その拳に自分の拳を合わせた。


 落ちこぼれ仲間、確かにナハラの言う通り端から見たら傷の舐め合いに見えたかもしれない。それでもソラにとっては、養成所において心を許せる唯一の親友だった。


 そしてアイデクセもまた親友との別れに、名残惜しそうにしながらも自身の寮の部屋へと戻って行くのだった。


「あ、そうだ」


 するとソラは直後思い出したように懐に手を入れる。そしてそこから取り出したのは、拳大程の、紫色に発光する石だった。それはソードの核となる雷属性の聖霊石である。


 この騎士養成所では現役を退いた使い古しのソードが演習用に五振り程配置されており、騎士候補生達により共用で管理、整備されていた。


 そして今日はソラがその内の一振りであるグラディウスの管理、整備担当であったため、朝にその核である聖霊石の申し送りを受けていたのだ。


「危なかったな、聖霊石持ってるの忘れて養成所出ていくとこだった」


 ソラは面倒なことにならなくてよかったと胸を撫で下ろすも、この聖霊石をどうするかでしばし悩んだ。なぜなら、翌日のグラディウスの管理、整備担当はナハラであるからだ。


 ――あいつには会いたくないな、二度と面見せんなって言われてるし……アイデクセに頼んでもいいんだけど、あんな爽やかな別れをして今さら戻るのもなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無能力だとしても最強の斬撃で敵機撃墜〜オルスティアの空〜 若羽 @junmaifuufu0801

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ