2話 騎士養成所にて

「ソラ、十五の誕生日おめでとう」


 エリギウス帝国が所持する騎士要請所の食堂で、ソラの十五歳の誕生日に祝いの言葉を投げかけたのは、背が低く気の弱そうな青髪の騎士候補生の少年、ソラと同じ騎士要請所に所属するアイデクセ=フェルゼンシュタインだった。


「あ……ああ、ありがとな」


 素直な感情でソラを祝す騎士候補生の少年アイデクセに対し、ソラは若干引きつった笑顔で礼を返す。


「あ、そうかごめんソラ……僕無神経だったね」


 それを見て、はっとしたように謝罪するアイデクセ。


「い、いいよアイデ、気にすんなって」


 この十五の誕生日はソラにとっては、とある理由で喜ばしい日では無かったのだ。するとそんなやり取りを見ていた同じく騎士候補生である金色の髪と褐色の肌をした目つきの悪い少年が、ニヤニヤと悪意の籠った笑顔で言う。


「おいおい、落ちこぼれ二人が揃って相変わらず傷の舐め合いでもしてんのか?」


「うわっ、ナハラ=ジブリール」


「よおソラ、十五の誕生日だってなあ、おめでとさん」


 明らかに嫌悪を抱いた声で呟くソラに対し、ナハラという名の少年は構わずに続ける。


「これで永久に蒼衣そうい騎士確定、騎士養成所も追放決定だな」


「いちいち言われなくてもわかってるよ、本当嫌な奴だなお前」


 騎士には隊や団としての階級とは別に、能力としての階級が存在する。通常の騎士から覚醒し、常人を凌ぐ身体能力や第六感を得られた騎士を銀衣騎士と呼び、このエリギウス帝国において騎士団を構成するほぼ全ての者がこの銀衣騎士となっている。


 そして銀衣騎士から更に覚醒し、特殊な術を扱えるようになった騎士を聖衣騎士と呼び、騎士の師団長級はこの聖衣騎士であり、エリギウス帝国の騎士の中でも数える程しか存在しない。


 また、銀衣騎士に覚醒していない、通常の人間と能力的には何ら変わらない騎士を蒼衣騎士と呼び、蒼衣騎士のまま十五の誕生日を迎えてしまった者は、エリギウス帝国直属の正規の騎士として配属されることは不可能となってしまう。


 つまり蒼衣騎士から銀衣騎士へと覚醒出来る可能性があるのは、十五の齢になるまでなのである。


 ばつが悪くなったのだろう、ソラの誕生日を最初に祝ったアイデクセは終始俯いたままだった。そんなアイデクセを余所に、ソラだけに標的を絞るナハラ。


「はっ、何にせよ落ちこぼれがいなくなってせいせいするな」


 対しソラは、そのようなナハラの攻撃を意に介さず飄々とした口調で返した。


「……ナハラ、もしかしてお前さ」


「あん?」


「まだ根に持ってたりする? お互い蒼衣騎士だった時俺に負けた事」


 ソラは特に悪意があった訳ではなく、単純に脳裏に浮上した疑問をぼそっと呟いた。するとナハラの額に青筋が立つ。


「殺すぞてめえ」


 そして腰の鞘から剣を抜いて詰め寄ると、切っ先をソラへと向けた。


「ちょっ、冗談だよ冗談」


 そんなナハラの激昂に、ソラはたじろぎ、ただなぬ雰囲気に周囲もざわつく。


「俺が銀衣騎士に覚醒してからは、てめえは一度たりとも俺に勝てなかったの忘れたのか? あ?」


「あー勿論覚えてるって、マジで怖いからナハラ君、顔近いし……謝るから、だからお願いだからその物騒なやつしまってって」


 ソラの謝罪を聞き、舌打ちをしながら剣を鞘へ納めるナハラ。


「さっさと養成所から消えな、二度と俺の前にその面見せんなよ」


 そしてそう言い捨て、ナハラはその場を立ち去った。


「ったく、なんなんだよあいつ。情緒不安定すぎんだろ」


 そんなナハラに対して口を尖らせて愚痴をこぼすと、ソラもまた食堂から立ち去った。





 数分後。


 ソラは騎士養成所の教官に呼び出され、施設内のとある場所へと向かうため歩を進めていた。そして一つの部屋の前に立つと、一呼吸、ため息でも深呼吸でもあるそれをした後、扉を開ける。


「入ります」


 その部屋は教官室で、この帝立騎士養成所の戦闘や勉学を担当する教官達の待機部屋である。十数人いる教官達を見渡し、要件のある教官の姿を確認すると、ソラは一礼し、申告する。


「第45期騎士候補生ソラ=レイウィングは、ウェルズ教官に要件があって参りました」


 申告を聞き、一人の教官が椅子から立ち上がり、教官室の扉の前に立つソラの元へやってくる。藍色の短髪、猛々しい口髭を携え、金色の眼をした筋骨隆々のその男の名はウェルズ=グラッドストーン、ソラの戦闘指南教官である。


「おう、来たかソラ」


「はい」


「今日はお前の15の誕生日だったな。ソードに搭乗して検査はしたのか?」


 神妙な面持ちで尋ねるウェルズに対し、ソラは少しだけ視線を落とし、一拍空けて答えた。


「……いえ、特に身体能力が向上した様子も無いですし、感覚が研ぎ澄まされた感じもしないので検査するまでも無いかと」


 それを聞き、全てを察したかのように目を閉じ「そうか」とだけ答えるウェルズ。



 その後、場所を移し、養成所の外の土手に腰を下ろす二人の姿があった。しばしの沈黙の後、最初に口を開いたのはソラだった。


「遂に銀衣騎士には覚醒出来ませんでした」


「……残念だったな、だがそうなった以上お前はこの養成所にはいられなくなる。そういう条件だったからな」


 ウェルズは再び全てを察していたかのように、静かに返した。そしてソラは、そんなウェルズを見て静かに語り出す。


 五年前、両親も身寄りも無い素性の知れない自分を、ウェルズが教官推薦という形で、条件付きで養成所への入所を上に認めさせてくれた。ウェルズには散々世話になったにも関わらず、それに報いる事も出来ず、養成所を去ることになってしまった。


 そう振り絞るような笑顔で言うソラに対し、ウェルズが口を開く。


「……俺のせいだ」


「え?」


 ウェルズは言う。五年前のあの日、ソラの眼の奥に秘められた闘志と、熱き想いを感じ取り、ソラを騎士候補生として推薦した。そんなソラを自分がもっと的確に指導していればこんな事にはならなかったかもしれないと。


「……ウェルズ教官」


 自責の念に駆られるウェルズを見て、ソラは再度少しだけ笑みを浮かべた後に言う。


「ウェルズ教官、俺がエリギウス帝国の騎士を目指していたのはどうしても第二騎士師団〈凍餓とうがの角〉に入団したかったからだってのは以前お話しましたよね」


「ああ、だがその理由は頑なに教えてくれなかったな」


「第二騎士師団のエリィ=フレイヴァルツ師団長のファンだったからです。俺一度でいいからエリィ師団長をこの目で見たくて、あわよくばお話ししたくて」


「そうか……エリィのファンだったのか――って、えええええ!」


 あまりに意外すぎる理由に、理解が追い付かないウェルズ。


「え、何ですかこの空気? 俺まずいこと言いましたかね?」


 気まずそうに頭を掻きながらソラが尋ねると、ウェルズは俯き、拳をぷるぷると震わせていた。口角が少しだけ上がり、口元だけ笑っているようにも見える。これはウェルズが本気で怒っている時の反応だとソラは気付き震え上がった。


「貴様! そんな邪な理由で騎士を目指していたのか!」


「そんなとは何ですかそんなとは、皆の憧れエリィ師団長ですよ? エリギウス帝国一の聖霊学士にして、三殊さんしゅ神騎じんぎと呼ばれる程の騎士でもある、美人で聡明で文武両道、こんな女性の中の女性に会いたくない男は男じゃないと思いません?」


「こんの阿呆が! 俺はな、五年前養成所の門を叩くお前の目を見て、お前が何か重い過去でも背負ってんのかと思って、お前を推薦して必死に剣やソードの操刃技術を叩きこんだんだぞ! 返せ俺の五年間の情熱を」


「いやあ、教官の目は間違ってないですよ、憧れの女性とお近づきになりたい、これ以上に重い理由が存在しますか? ……ってあれ、何ですかまたこの空気は」


 ソラは気付く。力説する自分を、何か汚いような物でも見るかのような視線をウェルズが送っていることに。


「もういい、お前にはほとほと愛想が尽きた。さっさと所長の所に行って手続きと挨拶を終えたら荷物をまとめて養成所から出ていけ、二度と俺の前にその面を見せるなよ、いいな?」


 ソラに背を向けながら言い放ち、何度も深い溜息を吐きながら、ウェルズはその場から去って行った。そんなウェルズの背中にソラは一礼した。


 ――ウェルズ教官が自分を責めるから何だか妙な嘘吐いちゃったな。


「はあ……でも、ウェルズ教官の期待を裏切った事実は変わらないよな」

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