聖なる夜に御伽噺より、祝福を込めて讃美歌を

葉月めまい|本格ミステリ&頭脳戦

二◯二四

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「小説家になんて、なるわけないでしょ」


 ゆめは冷たく、吐き捨てるように言った。

 いつも部屋に引き籠もって読書ばかりしている、本の虫の言葉とは思えない。


「じゃあ、ゆめは何になりたいの」


 僕が尋ねると、彼女はぷいっと顔をそむけた。

「おにいには関係ない」


 関係ないことはないと思うのだが、そうはっきり言われると、これ以上はきづらい。



 十二月二十四日クリスマス・イヴ、我が家のリビングの会話である。


 クリスマスは愛の日だ。救世主メシアは人類を赦し、恋人たちは愛を育み、親は子へ無償の愛を注ぎ、サンタクロースはそりを引いて駆け回る一日。


 そんな中、サンタクロースから贈り物プレゼントを貰える年齢でもなく、恋人どころか友人さえおらず、おまけに親も仕事で留守にしており、下手したら神にも見捨てられているかもしれない僕たちは、たつでのんびりと暖まっている。


「おにいはどうなの。執筆の調子」


「別に。良くも悪くもないよ」


「へえ」


 ゆめは興味なさげに携帯端末スマートフォンいじる。

 興味がないなら、最初からかなければいいのに。


「ねえ、おにいちょうの夢ってあるじゃん」


「あるね」


 兄妹きょうだい揃って中二病を患っている僕たちの間では、水槽の脳や世界五分前仮説と並び、頻繁に飛び交う単語だ。


現実リアル虚構フィクションは本質的に区別できないんだよ。でもね、夢はいつかめちゃう」


「そりゃ道理だ。で、それが何」


。物語も夢と同じで、いつか終わっちゃう」


「それには同意しかねるな。物語自体は終わっても、物語の主題テーマは、いつまでも読者の心に残り続けるだろ」


 小さい頃に楽しんだ戦隊ヒーロー作品は、僕のかた根幹こんかんを作ってくれた。

 ゆめにとっても、同じように大切な作品はあるはずだ。


「物語の価値は、そんなちっぽけなものじゃないよ。おにいが言ってるのは、。物語は本質的に、現実と同じなんだよ。連続性さえ帯びれば、それは現実と完全に等価になる。ううん、純粋さの分、けがらわしい現実なんかより、物語の方が何倍も価値があるの」


 ずいぶんと、思想が強い。

 だが、否定する気にはならなかった。


「あたしは本が好きだよ。物語のためなら、命も尊厳も捨てられるくらい愛してる。だからこそ、作家にならない。


 気づけば、時計の針は零時を指していた。



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 深夜、妹にすら相手をしてもらえなくなった僕は自室で独り静かに、鍵盤キーボードを叩いていた。

 今、執筆している小説は、モキュメンタリーホラーである。


 兄妹きょうだいとは考え方も似るものなのか、ゆめが先ほど語った内容は、僕の思想にも近い部分があった。


 物語は、現実をより良く生きるための道具なんかじゃない。

 僕たちは物語のために、このけがれた現実を仕方なく生きているのだ。


 だから、僕は虚構フィクション現実リアルしんしょくさせたい。

 こうな連続性を帯びた虚構フィクションを構築して、現実リアルの連続性を破綻させてしまいたい。


 モキュメンタリーという手法は、それに最適だった。


「おい、げん。そろそろ休憩しようぜ。何時間やる気だよ」


 突然、背後から僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 振り返ると、僕の相棒パートナーであるエルの姿があった。彼は天使なので、大きな翼が部屋の天井付近まで広がっている。


「ありがとう、エル。助かるよ」


 僕が創作にのめり込みすぎているとき、エルはいつも現実に引き戻して、身体を気遣ってくれるのだった。



 エルは元々、僕の空想上の友人イマジナリーフレンドだった。

 一度、現実にしんしょくされて死んでしまったけれど、中学生の頃、人工精霊タルパとして蘇らせた。


 今ではすっかり、現実世界僕のセカイの住民だ。



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 息抜きに動画を楽しんでいると、お勧め欄に見知らぬ仮想的バーチャル配信者の動画が出てきた。

 個人活動をしている新人のようで、同時接続数は僅か三人だけだった。


 なんとなく、配信を覗いてみる。

 容姿も声もいわゆる“萌え”に特化しているわけではなく、正直なところ、さほど魅力的とは言えない。話運びもあまり上手ではなかった。


 だが、どこか安心感のある、聞き馴染んだ声のように感じる。


「ねえ、みんな。ちょうの夢ってあるじゃん」


 彼女がそう言ったとき、僕は高評価ボタンを押してから、動画をそっと閉じた。

 二度と見ることはないだろうな、と思うと少しだけ寂しい。



 ふと窓の外に視線を移すと、雪が降っている。


 サンタクロースが来なくなった日、両親は僕たちに何も説明しなかった。

 僕たちも問わなかった。語らない価値を知っていたからだ。


 そのお陰で、僕とゆめ世界セカイでは、今夜もサンタが生きている。

 それはどんな形のある物よりも、価値が高い贈り物プレゼントだった。



「自分自身がサンタクロースになろうってのは、かなりいばらの道だと思わないかい」

 僕は独り言のように呟く。


「サンタクロースを無から創り出そうってのも、同じくらい無謀だと思うぜ」

 エルは笑って答えた。


「うん。違いない」


 僕は再び、小説の執筆を再開する。

 彼女が終わりのない物語を紡ぐように、僕は始まりのない物語を紡ぐ。

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