終わらない試験地獄
桔梗 浬
俺の人生
「うわぁーーーっ。わかんねーっ。ヤバい、ヤバい」
俺は問題用紙を目の前に、思わず声が出てしまった。「コホン」と教壇に立っているお爺さん先生が俺を睨む。す、すみません。
俺は軽く会釈し冷静を装った。手のひらは汗でびっちょりだ。
もしこの試験に失敗することがあれば、俺は再起不能だ。この1年頑張った! 俺は頑張ったんだ!! ここで挫けるわけにはいかない。
だけど……全く分からない。
「あー、もうっ」
俺はガリガリと頭を掻きむしる。
そうすることで答えが出てくれば苦労はしない。マークシートだから取り敢えず記号を塗りつぶせばいっか。
いやいや、そんなことではいかーーーーーん。
俺は完全に出遅れた。試験内容の当てが外れたのだ。過去問なんってくそだ!
「あんさん、困ってますな」
「へっ?」
「どこ見てますねん。ここ、ここでおます」
俺は声の主を探そうとキョロキョロし、机の下まで探してみる。すると教壇に座っているお爺さん先生が、上目使いに俺を睨んだ。
お、俺のせいじゃないっすって言いたい気持ちを抑え、俺は回答用紙に目を落とした。
するとそこに、ちっちゃなおっさんが腕を組みこっちを見上げていた。
嘘だろ? 俺は自分の目を疑った。目を擦ってもおっさんは消えない。
ちっちゃなおっさんは15cm位のサイズ感で、頭が大豆みたいに尖っていて宇宙人っぽい。股引きに腹巻き、黒の長靴を履いている。腕を組んでいる仕草は、激戦区ラーメン屋の店主のようだ。
「あのぉ……」
「問題は覚えたかい?」
「はい?」
「歯を食い縛りなはれ! 行くざんす。おほほほほー。とぉーーーーーーっ」
ちっちゃなおっさんはその掛け声と共に、ライダーキックを俺の鼻の頭にお見舞いした。
な、な、なななななななななな! 痛ぇぇぇぇぇ!
「なにするんじゃーーーーっ!」
と、俺は俺の悶絶の声でハッとする。試験中じゃないか!? あー、俺、終わった……。退出しろと言われるに決まっている。
頭を抱える俺。
あれ? 怒られない。何故だ。
俺は恐る恐る頭をあげる。すると不思議な事が起きていた。
えっ? ここは……俺の部屋……だ。
気付くと俺はベッドの中にいた。
「ヤバい! 遅刻だ!」
一瞬で全身の毛穴が開く。
慌ててスマホを見ると、試験まではなんと、あと1週間もある。何だ?
「よかったですなぁ~ワシもなかなかのもんでっしゃろ。試験まで一週間、お気張りヤス」
「げ」
「『げ』って、ご挨拶でんな~。救済処置でっせ。わての力で時間を戻したんや。感謝しなはれ」
鼻の頭はズキズキするし、何だか変な臭いがするし、ちっちゃなおっさんは俺の膝の上で寛いでる。この状況、これは夢じゃないって事を物語っていた。
ならば、俺としてはこの機会を逃す理由はない。
俺はすんなりと、この状況を受け入れた。が……こうなるなんて想像もしていなかったから、最初の問題と、所々しか覚えていない。でもやるしかないのだ。
そして試験当日、会場にはこの前のお爺ちゃん先生が厳しい顔で座っていた。(この前って言うのも変だが……)何もかもが同じだ。
違うところがあるとすれば、窓際にジュースとお菓子が置かれていることくらいだ。
そんな小さいことは気にもならず、俺の心は躍り跳ねていた。
「あのさ、もしかして、もう一度奇跡は起こせる?」
「なんですの、いきなり」
「いや、問題をさ、全部覚えたら満点で合格だろ?」
「まー、物理的にはそうですな」
「あの時は突然だったから、問題を全部覚えてなかったし……だからさ」
「そんなキラキラした目で見られましても」
「俺が、いいぞ! って言ったら、もう一度やってくれる?」
「出来ますけども、勉強されてましたし、必要ありまっか? 何があっても知りませんぞ」
「いいって良いって。俺は一目置かれる全問正解で合格するんだ! いいな、『いいぞ!』って言ったらやってくれ」
こうして俺は何度目かの『いくざんす。おほほほほー。とぉーーーーーーっ』を経験する。
「あんさん……いい加減止めなはれ」
「いや、俺は完璧を目指すんだ。A、A、D、B、A、B、B、C……ぶつぶつ」
「もう、問題を解くってレベルじゃなくなってますがな」
「良いんだよ、まずは満点で合格するのが目標だからな。次は完璧だよ」
ちっちゃなおっさんは大きなため息をついて、テレビを見始めていた。「これが最後」って言葉を信じていない様子だ。
ま、いいけど。この時間を楽しめればそれで良いじゃない。女の子とだって遊び放題!
笑いが止まらん。
「じゃ、お留守番頼んだよ」
「ハイハイ……」
ちっちゃなおっさんは俺の方に振り向きもせず手を振っていた。
※ ※ ※
何度目かの試験当日がやってきた。
俺の脳内は完璧に解答を覚えている。余裕だ。
あっという間にマークをし終わる。これはこれで退屈な時間だ。
これでちっちゃなおっさんともお別れかー。俺は鉛筆を鼻の下に挟み、外を見る。ここからはお初にお目にかかりますって時間だ。
すると初めて見る男性が、俺の方へと歩いてきた。
こんな試験監督いたんだな。
そいつは俺のところで足を止めると、ジーっと答案用紙を眺めていた。ヤバい、俺……終わるのが早すぎたか?
すると、そいつは真っ青な顔をして去っていった。なんだよ。そう言えばちっちゃなおっさんも姿が見えない。
ま、いっか。
俺は合格間違いない! それで退出時間が来たので俺は部屋を出る。
廊下にでると、さっきの男性が誰かと話しているのが聞こえてきた。
「どうでした?」
「えぇ、確かにあの席には男性の霊がいますね」
「やはり……、あそこに別の方を案内すると具合が悪くなる人が多くてですね。困っているのです。昨年試験中事故がありましてね……亡くなった学生がいたのです。その学生でしょうか」
「おそらく……そうかと。彼も自分が亡くなっているとは……理解できていないのでしょう」
ちょっと待て、誰が幽霊だって? 嘘だろ?
「フフフフ、あんさん。試験はどうでしたん?」
「あ、おい! おやじっ! 説明しろ」
俺は突如現れたちっちゃなおっさんを握りしめた。状況が理解できず俺の頭は混乱する。
「フフフ、やっと気付きましたんか。あんさんの命は、あの時終わってましたんやで」
「嘘だろ?」
「あんさんが、最期に『合格しなくちゃ』って念仏の様に言ってたんでね、哀れに思ったわてが、ちょっと時間を戻したって訳なんです。合格さえできればそれで良いと思ってましたけども、あんさんは欲張りで本当、困りましたわ」
「ちょ、ちょっと待て。時間が戻ったのであれば、俺は生きているはずだろ? 死ぬほどの思いはしてねーし」
「アホでんなー。いくらわてでも、運命は変えられませんがな。あの時間を境に、あんさんは居てはならんお人になったんや。それはあんさんが既にこの世のモノではないって証拠ですな。試験の内容も確認せんと浮かれてたあんさんが悪いんでっせ」
そういうと、ちっちゃなおっさんはスルッと俺の手から飛び出した。
「これでサヨナラでっせ。あー長かったわー」
「も、もう一度時間を戻してくれ」
「無理ですな。生の境を越えたもんは戻ることは出来ませんな」
「じゃ、俺は……」
「さぁ、あんさんの進む道なんて、わての知ったこっちゃないですな。ま、お仲間でも探してみたらどうでっしゃろ」
その言葉を残し、ちっちゃなおっさんは消え去った。
独り残された俺は途方に暮れるしかなかった。
※ ※ ※
この大学のある教室には、幽霊が現れる。
彼の席に座ったら最期、死の世界に連れていかれるという。
「あ、っそこは……座ってはだめです! あぁ……だから言ったのに」
END
終わらない試験地獄 桔梗 浬 @hareruya0126
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