第22話 愛しい我が子

 崇史の部屋は、芙季子が立ち入ることはない。

 掃除は崇史が自分でしているし、部屋にはパソコンがある。

 仕事でも使っているだろうから、情報漏洩のために芙季子から遠慮していた。

 芙季子の部屋に崇史が入ることがないのと同じで。


 壁際に段ボールが積み上がっていて、子供のために買った物が入っていた。

 芙季子が妊娠期に使っていた服や下着類、気の早い人からの絵本やおもちゃのプレゼントやベビー用の衣類。


「互いの部屋には入らないルールだったけど。芙季子が入院した日の夜に、荷物を回収するために立ち入った。すまない」


「それには気づいてた。全部捨てたのかと思ってたけど、取っておいてくれたんだ」


「さすがに黙って処分するのは気が引けて、とにかく目につかないようにすることで、頭がいっぱいだった」


 2ヶ月近く前に使っていた物が目の前にあることに、心が揺れた。

 再会した喜びと、本当に妊娠していたんだという実感と同時に寂しさも募った。


「明史のエコーと遺骨はここに」

 パソコンテーブルの横に、低い棚があり、その上にちょこんと青い袋に入った物が置かれていた。


「ちっちゃいね」

 片手ほどの、とても小さなサイズ。


「もしかしたら遺骨は残らないかもしれないって言われたんだけど、わずかだけど残ってくれた」

「開けてもいい?」


「俺も一度も開けてないんだ」

 カバーの背後の紐を緩め、開ける。

 真っ白い骨壺が収納されていた。そっと取り出して、一度抱える。


「明史、やっと会えた。ごめんね」

 骨壺を撫ででやる。ひんやり冷たくて、涙が溢れた。


 病院の方針だったのか、出産後に一瞬姿が見えただけで、抱かせてもらえなかった。

 どれだけショックが大きくても、ちゃんと抱きたかった。

 ほんの一時でいいから、一緒の時間を過ごしたかった。

 疲れから気を失うように眠ってしまったことが、悔やまれる。


「あなたは、会えたの」

「少しの時間だけど、触れさせてもらえたよ」

「そう。良かった。パパの温もりを感じられて」


 涙を拭ってから、蓋が外れないように止められていたテープを外す。

 覗き込むと、カラカラに乾き、焦げた跡のある小さな骨が少しだけ入っていた。


「本当にちょっとしか残らなかったのね。でも、残ってくれて良かった。明史がいた証ね」

「納骨はしてもしなくて、どちらでもいいよ。手元供養にしてもいい」


「納骨は済ませてると思ってたから、四十九日の当日にお墓参り行ってきたのよ」

「うちの墓?」


「そう。笑えるわね。まさか家にいたなんて。納骨はよく考えましょう。今は決められない」

「そうだな。俺たちが納得する形にしよう」


 二人でしばらく遺骨を見つめてから、蓋を閉め、テープを戻し、カバーに入れた。

 手を合わせる。


「次の法要はいつかわかる?」

「百日目が1月7日なんだけど。してもしなくてもどっちでもいいんだそうだ。その次が一周忌だな」


「百日法要しましょう。わたし、ちゃんと弔いたい」

 お葬式も初七日も、四十九日もどれも出席できなかった。一周忌まで長すぎる。


「お寺さんに連絡しておくよ」

「お願い」

「芙季子。つらい出産をありがとう」


 看護師さんも母も義両親も、よく頑張ったと褒めてくれた。

 つらいねと寄り添ってはくれた。

 でも一番欲しかった言葉は誰もくれなかった。

 してはいけない出産だったのかと思っていた。

 崇史だけが感謝の言葉をくれた。

 胸が熱くなって、再び涙が込み上げた。

 芙季子はうんうんと、何度も頷いた。


「二人目のことなんだけど、今はまだ考えられない。年齢制限もある事だし、何年ものんびりはしていられないのはわかっているけど」


「芙季子の仕事と体調と、なにより心が求めた時に、タイミングが合えばでいいんだよ。怖いだろう?」

「……うん」


「無理はしなくていい。子供がいなくても、構わない。もし、二人目が出来たら三人で明史を弔おう。三人目が出来たら四人で。出来なければ二人で、な」


 崇史の言う順番で想像してみる。三人で、四人で、二人でお墓参り。

 家族が増えようと、このままだろうと、大村家に長男がいたという事実は変わらない。


「そうね。わたしたちのペースで、ね」

「そうしよう」


 芙季子は手を伸ばし、カバーの上部を優しく撫でた。


「今日、明史と一緒に寝てもいい?」

「明史と?」


「そう。三人で寝ましょう」

「三人で?」

「そう。三人で」

 芙季子は崇史の手に、自分の手を重ねた。


 悪夢はまだ見るけれど、頻度は下がってきている。うなされる夜がなくなるかもしれない。

 真っ暗に思えていた少し先の未来に、光が差したように思えた。



                        了





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縁因-えんいんー 衿乃 光希 @erino-mitsuki

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