首輪つきのニニ

いいの すけこ

首輪でなくて、花や小鳥を

 ――ばさばさばさ。

 紙をばら撒く音が聞こえて、リンデルは階段の手すりから身を乗り出した。

 階下に四つの頭が見える。

 廊下に座り込んで、床に散らばった紙をかき集める小さな頭が一つ。

 立ったままそれを取り囲む頭が三つ。

「だっさ」

 己を見下ろす者に笑われて、小さな頭はふるふると首を振った。薄い金色をしたおかっぱ頭が、さらさらと舞う。

「ねえ、ニニ。そんなに鈍臭くてさあ、あんた明日の試験、辞退した方が良いんじゃない?」

 おかっぱ頭――ニニの黒いタイツの膝は、破れていた。転んだか、あるいは転ばされでもしたか。

 床の上に落ちた教科書や帳面は、彼女の持ち物だろう。古代文字で綴った古き呪文の書き取りが散らばり、その上に樫の木のタクトが転がっている。

「あんたみたいな『お情け』が試験場にいると、士気が下がるんだけど」

 ニニは閉じ紐が解けた帳面の表紙に手を伸ばした。それを囲んでいた足が踏みつける。

「ニニ。あんたさ、目障りなんだよ」


(これが名門魔法学校の実態とはね)

 本校生徒は才能を豊かに伸ばし、知識を深め、能力を磨くことに務めよ。国家繁栄の礎となることを目指すべし。

 そのためにはお互いの価値を認め、切磋琢磨しあうこと――。

 校訓が虚しくリンデルの脳内を素通りする。

 青ざめた顔を、意地の悪い女生徒たちは軽蔑を込めた眼差しで見下していた。

「だっせぇアクセ」

 ニニの首元に手が伸びる。着けていた、黒いリボンのようなチョーカーに指がかかる寸前。

「痛っ!」

 ニニが女生徒の手を振り払った。

 相手の顔がみるみる怒気を孕むのを見て、ニニは身を守るように首をすくめる。己が手で包み込むように、チョーカーを守りながら。

「お前なんか、孤児院に帰れ!」

 振りかざされた拳に、リンデルは手すりを飛び越えた。


「だっせぇのは君ら」

 衝撃吸収の魔法は展開しなかった。たかだか一階分の高さだったから。

 着地から即、立ち上がって拳を掴む。

「中高等部四年にもなって、恥ずかしい人達だね。奨学生いじめてる暇あったら、試験対策でもしたら?」

 瞬きひとつで決壊しそうな、リンデルを見上げる瞳。

 魔法の才あれば、誰にでも広く門戸を開く学園であった。目をかけるまでもなく、血筋や才能に覚えある者は自ら学園の門を叩く。けれど己に秘められた魔力に気づかない者もあった。その場合、学園側から才能の発掘に乗り出すこともある。

「こいつの味方するって言うの、リンデル。ニニはろくに受験勉強もしなかった、学費だって私たちが払った金から賄われてる」

 魔法学校に通うには、相応の努力が求められる。金だってかかる。

 入学にあたり初めて己に魔法の才能があると知るような生徒は、環境に恵まれなかったために気づかなかったことが多い。故に貧しい家庭や孤児院から見出されることも珍しくなかった。彼らの多くは、入学試験や学費の面において便宜が図られているのだった。

「これくらいの憂さ晴らし、当然でしょ」

 憂さ晴らしとか言っちゃうし。


 入学したからには評価が甘くなるとか、他より手厚い指導を受けられるとか、学用品や寮部屋がグレードアップするとかの特別待遇はない。入学試験や学費についても、あらゆる魔法使いに学習の機会をという学園の方針と、奨学生それぞれの事情を考慮すれば、理解できるはず。

 それでもニニのような奨学生は、嫉妬の対象になる。それを才能でねじ伏せ、悪評を覆すのもまた、よくあることなのだが。

(罠にかかった小鹿みたいだ)

 追い詰められてぷるぷる震える小柄な少女は、取り立てて優秀には見えなかった。入学以来、目立った活躍も見せなかったし、むしろ授業でも学園生活でも失敗が目立つ。

 そんな劣等生がなぜ見出されたというのか。

 嫌がらせは決して許せるものでは無いが、彼女たちの憤りはわからないでもない。

「こ、孤児院は、もう嫌です……」

 喘ぐようにニニは言う。胸の前で硬く手を握りしめる仕草は何かを抑えてるようにも、自分を守っているようにも見えた。

(劣悪極まりない施設というのも、珍しくはないしな)

 罠から逃げ出したと思ったら、別の罠に飛び込んだ。どこまで行っても小さくなって、息を潜めるばかりなんていうのは、あんまりだろう。

「それじゃあ試験、頑張らなくっちゃだね。誰も君の試験や勉学を、妨害する権利なんかないんだから」

 手を差し伸べたら、ニニは躊躇うように手を伸ばしてきた。小さな手は冷えきって、荒れた肌も相まって枯れ枝のようだ。


「ふーん、まあいいよ。試験になったら、そいつは私が潰してやるから」

「それ、私もやらせてよ」

「私も私も。一撃で仕留めなくても良いでしょ。三人でちょっとずつ、さ」

 立ち上がったニニは、物騒な相談を始めた女生徒達の顔を眼球だけきょろきょろ動かして伺う。

 明日の試験内容は、魔法の模擬戦だった。

 模擬戦の形式は一学年五十二名を一斉に競技場にぶち込んで戦わせる、バトルロイヤル。

「一人ぶちのめす事に一ポイント。三人で少しづつこいつを削って、○・三ポイントづつってところ?」

 最後の一人だけが合格ではなく、討ち取った人数に魔法の技量を加味して採点される。

 物質の変化・成長を促す魔法の扱いや、魔法薬の精製、転移魔法や飛行魔法の駆使など。魔法の種類や試験は様々だが、その中でも一番重視され、かつ危険が伴う魔法による模擬戦。

 火、水、風、地、魔法の大部分を成す要素を操る能力を計るのに、攻撃魔法をガンガンぶっ放す模擬戦は有効ではあるのだが。

「リンデルも○・一ポイント、いる?」

「いるかボケ」

 試験に鬱憤やら私怨やら愉悦やらを持ち込む生徒もいるので、対策した方がいいとリンデルは思う。不愉快さに口も悪くなろうというもの――その時だった。


「ニニ・グリーンフィールドは俺が一撃で討つ」

 凍りつくような廊下に、冷たい空気を裂く声が響いた。

 声は決して大きくないが、強くはっきりと主張する声。全員が声の方に注目すると、男子生徒が一人リンデルたちの方に向かって歩いてきていた。

「ヨルン」

 げ、と口走りながら、女生徒たちは明らかに身構えた。

 猛禽のような鋭い目。同学年の生徒だというのに、やたらと威圧感がある。

「なに、君、珍しいこと言うね。個人攻撃するようなタイプじゃないでしょ」

 何しろヨルンは、学年の中で最も優秀な魔法使いだから。他者を虐げて遊ぶような趣味は持ち合わせていないはず。

「いじめようってわけじゃない、こいつらと違って」

 その言葉に、女生徒たちは反論のためか口を開きかけるが。

「こいつらも、一撃で潰すけど」

「か……勝手にすれば!」

 温度の低い声で宣言されて、女生徒たちはそそくさと去って行った。

「あ、あの」

 そして同じく潰す宣言をされたニニは、ヨルンに戸惑いの視線を投げかける。

 ヨルンはニニを一瞥して、それからリンデルに言った。

「お前も試験中、ニニに仕掛けたり、手出ししようとするな」

 それだけ告げて、ヨルンはさっさとこの場を去ろうとする。


「あのねえヨルンくん。この状況で、明日はお互い頑張りましょうだなんて言えるかね?」

 説明を求めようとするリンデルを無視して、ヨルンは薄暗い廊下の果てへと消えて行く。残された二人は、なんとなく顔を見合わせた。

「あー……。ヨルンは、悪いやつでは、ないので。多分あれはあれで、あいつの優しさ? 女子連中にじわじわ攻撃されるくらいなら、サクッと済ませてあげようかという」

 知らんけど。

 どっちにしても、試験中ニニが不利なことは変わりない気はするが。

「あの、すみませんでした」

「謝らんでいいよ」

「助けてくれて、ありがとうございます」

 小さな丸い頭が、ぺこりとお辞儀をした。

「まあ、明日はお互い頑張ろ」

「はい。孤児院、嫌なので」

 一体どのような生活を送ってきたのか。一瞬、想像だけで憐れみそうになったが、それも失礼な気がしてやめた。顔を上げたニニの、白い首に目が行く。

「チョーカー、可愛いよ」

 ニニのそれとは違う、自分の筋張った首を指先でとんとんと叩いて示す。

 褒められ慣れていないのか、ニニは複雑そうな顔をして笑った。




☆ ☆ ☆




「待て待て待て、なんだこれ」

 翌日三限目、中高等部四年中間試験、模擬戦会場。

 あらゆる実技で使用される競技場に、魔法で作られた幻の岩場。

 岩陰に身を隠すもよし、よじ登って高所から観察するもよし。粉砕して攻撃に利用するもよし、なのだが。

 岩陰に倒れ込み、岩をよじ登ろうとして力尽き、砕かれた岩のつぶてに埋まり。意気揚々と試験に臨んだ生徒五十二名のうち、実に四十九名が戦闘不能に陥っていた。ニニに嫌がらせをしていた女生徒たちも、ぼろぼろになって倒れている。

「これ全部、おかっぱちゃんがやったの?」

 かろうじて生き残ったリンデルは、砂煙――それは粉微塵となった岩の成れの果てだが――を薄く纏って立ちはだかるニニに言った。

「頑張ろうって、思ったので」

 ニニはリンデルに指先を突き付ける。

 指先がチカリと光って、同時に首筋が発光したような、気がした。

「あの、励ましてくれて、嬉しかったです。でも、試験なので、ごめんなさい」

 リンデルが魔力を集めた杖を振るうよりも強く、眩い光がニニの指先にどんどん集まってくる。

「素手撃ちとか嘘だろ!」

 魔法道具も介在せず生身で強力な魔法を放つとか、冗談が過ぎる。

 リンデルがニニの五十点目のポイントになるかと思われた、その時。


 ばつん、と大きな音がして、目の前で光が弾けた。

「だからニニに手出しするなって言っただろう」

 ただでさえ目つきが鋭いのに、一層凶悪そうな顔をしたヨルンが、リンデルの背後で杖を振るっていた。

「お前、一撃で仕留めるって言ってた癖に、できてねえじゃん!」

「予想以上だ。なんだあの人間魔力タンク」

 ヨルンに魔法を弾かれて即、ニニが指先を持ち上げたので、二人はとりあえず走る。まだ形を残していた岩陰に飛び込んだ。

「マージで容赦ねえな、おかっぱちゃん。孤児院に戻りたくない気持ちはわかるけどさあ」

「孤児院じゃない」

 岩陰からニニの様子を伺いながら、ヨルンは言った。

「本人は、孤児院だと思ってるんだろうけど。ニニがいたのは、魔法の研究施設だ。それもかなり、問題があるというか……」

「問題、ねえ」

 嫌な予感しかしない。だって彼女の、あの怯えた様子。

「違法に被験者を売り買いしたり。人間に魔力の限界を突破させるための実験で、被験者が暴走したり再起不能になったり死んだり」

「クソか!」

 細い体で、青い顔をして、震えていた。

 きっとつらい目に遭ってきたのだろうと、なんとなく想像した。学校ここに来てもなお、大変な思いをした。

 リンデルの思うより遥かに傷ついてきた少女は、己を守ろうと懸命に戦っているのか。


「お前が思っているより、魔法の世界はクソだ」

「そういう君は、ずいぶん知ったようなこと言うじゃないの、ヨルンくん」

「お前よりは、少しだけ。知りたくなければ棄権するか、ニニに大人しく討たれろ。だけどもし、あの子を助けたいならば」

 岩陰の向こうを注視していたヨルンの瞳が、一瞬、リンデルの方を向いた。

「腹括れ」

 岩をかすめて、魔法の光が飛んできた。教員が止めないからには、死にはしない気はする。それでも恐ろしいものは恐ろしい。

「君はおかっぱちゃんの何さ。騎士ナイト様?」

「馬鹿言え。俺も少ししか事情を知らされていない。ただ、行動をともにする機会が多い同級生の中に、ニニを制御できる人間がいてほしいと学長から言われている」

「学長、出てきちゃったかー」

 ひどく大きな話に巻き込まれようとしている。 

 ニニの放つ魔法に盾の岩を削られながら、リンデルの気力もじわじわと削がれていくような気がした。


「つまり、ニニの首輪になる生徒が欲しいということだな」

「首輪?」

 ニニの首に巻かれていたチョーカーを思い出す。

 試験中、ニニはあれを外していた。首筋に何か紋様のようなものが、光っていた気もする。あのチョーカーが、ニニの魔力を制御する魔法道具だったという事か。

魔法道具チョーカーの首輪と、いざとなったらニニを抑え込む、人間の首輪」

「クソオブクソか」

 可愛いよって、言っちゃったな。

 知らなかったとはいえ。人の首に、戒めなんて。

「だから魔法使いなんてのは、結構クソがいるんだよ。それでも、ニニが平穏に学校生活を送るために、サポートできる生徒がいたほうが良いのは確かだろう」

「はあ、なるほど、君はそういう考えなわけね」

 一撃で討つとか言ってたくせに。

 多分それも、ヨルンなりの優しさだったのだろう。


「お前もここまで倒されず、残ったからな。どうする、リンデル」

 俺一人じゃきつい、とヨルンはぽつりとこぼした。

「そうだねえ」

 その時、最後の砦だった岩が完全に砕け散った。

「俺ら二人いれば、チョーカーの方はいらないと思う?」

「さあ、それはわからない」

 もうもうとあがる砂煙の向こうに、小さな頭と、それを支える細い首。

「……チョーカーより、ペンダントだな。小さい花とか小鳥とか、なんかすっごい可愛いチャームのついたやつ」

 リンデルとヨルン、二人並び立つ。攻撃の加減はどんなものか、そう簡単にはいかないかもしれないけれど。

「ニニにはそっちの方が、ずっと似合いそうだ」

 試験が終わったら、街へと買い物に繰り出しますか。

 初めて呼んだ名に微かに胸が鳴ったのを感じながら、リンデルは杖を構えた。








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