第5話 決定
「似合う?」
(って聞かれてもなぁ)
金色の瞳に真正面から見つめられ、ルクスは返事に困っていた。
どこまでいっても壺は壺。
そう。シェルが選んだのは、やはり壺だった。
「僕は好きですけど……」
その壺は傾いてひしゃげていた。
しかしだからこそ、不思議な魅力にあふれている。不整形な形状が生む躍動感、不均一な表面が見せる素材感。花などを活ければ、その生命力を引き立ててくれるだろう。
ただ、製品としては明らかに失敗作。
「割っちゃう人もいそうです」
「大丈夫でしょ。たぶん」
「ですかね?」
割られない場所に運ぼうか。一番安全なのは……師匠の家のはず。
家宝の壺があるくらいだから、この壺の良さもわかってくれる気がする。
真剣に悩むルクスの隣で、シェルが肩をすくめる。
「そんなことより名前、知りたくない?」
「名前?」
「シェルファネスティリア。私の本名」
「って――――」
「勇者になりたいんでしょ? なんでも一つ、叶えてあげる」
ルクスは息をのんだ。
精霊の本名と人間の魂。二つが合わさった時、一度だけ願いが叶うという例のアレだ。
「決め放題よ。馬鹿力でも馬鹿ツヨ武器でも、馬鹿でっかいツボでも」
「もう壺はいいかな。あとバカって言いすぎです」
「さあ、願いなさい」
「やめときます」
固まったシェルが動き出すまで、きっかり五秒を要した。
「あのね。今だけの大チャンスなの。わかる?」
「わかってます」
「じゃあなに、欲しい物はないって言うの?」
「そうじゃなくて」
食堂でのシェル。プリンを美味しそうに食べていた。
キッチンでは文句ばっかり言っていたけれど、笑ってもいた。
でも今は、さみしそうだ。
「もっと早く気づくべきでした」
「な、なによ」
焦るシェルを見て、ルクスは確信する。
早とちりして、新しい家探しばかりに気を取られていた。
――――彼女は、本当は家なんて欲しくないのに。
精霊は願いを叶えたら、別の場所でやりなおす。誰かに見つけてもらうまで独り。何十年か、あるいは何百年か。
どこに行くか、何に宿るか、誰と会うか。どれもシェルに決める余地はない。
延々と続く宿命。呪いと言ってもいいかもしれない。
「だから……この壺が気に入ったって話、ウソですよね」
「うふふ。でも割と楽しかったわ。ありがと」
「どうして止めちゃうんですか?」
「これ以上は迷惑かけられない。アンタ、ムチャしてたもの」
ルクスは深く息を吸いこみ、ため息をついた。
空気が冷たいのは秋が近いから――――以外の理由がある気がする。
誰かに寄り添う心、理不尽を跳ね返す技、何事にも動じない体。
「……心技体。僕、どれも足りませんね」
「さあね。お願いしたら、最低でも一コはイケるんじゃない?」
「じゃあ決めました」
「オッケー、何にする?」
シェルが背筋を正す。
肩を流れる銀髪に夕日が当たり、彼女お得意の火炎を連想させる。
「――――」
ルクスは願いを口にした。
同時、一陣の風が吹く。
「入れ歯はまだかのー」
夕暮れの空を猛スピードでブッ飛んでいく師匠。
その姿を見上げながら、目だけを動かしてシェルを
――――空に負けないくらいに赤い頬。
「…………ばか」
少年が勇者となり、精霊と共に世界を救うのは――――もっと後の日の話。
~完~
勇者の卵の試練な一日【5話完結】 咲野ひさと @sakihisa
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