第4話 理想の家

「何用じゃ。む、おなご?」

「さっき会ったシェルさんです」

「修行中に何をやっておるんじゃ」


 元気いっぱい師匠宅の扉を叩いたまではよかった。しかし師匠の眼光が鋭い。

 さすがは数々の勇者を育て上げた強者のオーラ。いつも以上に眉毛がモジャモジャしている。

 及び腰になったルクスに、シェルからも質問が飛ぶ。

 

「で、ここに連れてこられた目的って?」

「そうでした。師匠あれをください!」


 一息で言い切ると同時、部屋の奥を指さす。

 床が一段高くなったアルコーブに鎮座する……壺。


 並の壺ではない。

 その滑らかな表面は、色鮮やかな細密画で隙間なく飾られている。

 形状も左右対称なのはもちろん、注ぎ口の広がり方、中間のくびれ方、最も太い部分の膨らみ方……すべてが完璧。


「たわけっ……と言いたいところじゃが、話してみよ」

「実は――――」

 

 精霊が宿る壺を壊してしまったこと。埋め合わせに新しい家を探していること。

 彼女のお気に入りは壺だが、割られる不安があること。

 そこでルクスが思いついたこと。


 ――――見た瞬間に高級とわかる壺であれば、誰も割ろうとは考えない。

 手を触れたとしても、そっと優しく拭き上げるはず。どんなにアグレッシブな勇者であっても、きっと。

 だからシェルにとって理想的な家になる。


「事情は分かった。じゃが、この壺は我が家伝来の宝。おいそれとは手放せぬ」

「そりゃそうよルクス。バカなこと言わないの」

「そこで試練を与える。見事越えられれば、この名品を進ぜよう」

「ええっ!?」


 ポカンと口を開けるシェル。

 プリンを食べる時より大きな口だ。


「師匠、試練とは?」

「儂の入れ歯を探すのじゃ」

「…………」


 さきほど、修行用の壺が大量に配達されて来たそうだ。

 師匠は検品中、ある壺の中に入れ歯を落としてしまったという。

 緊急事態を知らせるも、出せたのはフガフガという情けない声ばかり。配達員に気づいてもらえることはなく、問題の壺は運ばれて行ってしまった。

 現状やむなくスペアの入れ歯を使っているものの、しっくりこないらしい。


 入れ歯と代々伝わる家宝つぼ……この上なくアンバランスな組み合わせと言える。しかし、難しい試練には間違いない。

 この広大な修行地には、壺が無数に置いてある。干し草の中から針を探す方が簡単だ。

 

「日が沈むまでじゃ。それまでに見つけられたら試練達成とみなす。行ってまいれ」


 掛け声とともに走り出す。

 日は傾き始めている。のんびりしている余裕はない。


「本気で探すつもり?」

「もちろん」

「って心当たり、あるの?」

「ないです。でも――――」


 とにかく壺が多い場所に行くべきだ。

 さっきまでいた道場に配達員は来なかった。となると、あそこ。

 記憶を頼りに走ると、石積みの壁が現れた。

 

 壁の向こうには、実践的な探索訓練ができる施設となっている。街路や民家、商店など、なんと街が丸ごと一つ再現されているのだ。中には壺でいっぱいの部屋もあるらしい。

 住人がいない反面、モンスターが住み着いているのは……ご愛敬。

 そのため入門して日の浅いルクスは未体験のゾーンである。

 

 口の前で人差し指を立て、シェルに目配せ。

 彼女がうなずき返したのを確認し、ルクスは無駄に豪華な石のアーチをくぐった。

 

 音を立てないように注意して、物陰沿いに進む。

 一つ目の壺はすぐに見つかった。軒先を借りた露店の中だ。

 

 ルクスが壺に手を置いた瞬間、三つの影が露店の前を横切った。

 緑の肌、曲がった背中、重そうな棍棒。ゴブリンだ。

 迷わず一番近くの一体に目がけ、壺を投げつける。


 ――――ガシャン!

 

 命中。後頭部に壺を受けたゴブリンが崩れ落ちる。

 すると残る二体がルクスに向いた。どちらも棍棒を振りかざしている。

 

(バレた!)


 隠れながら投げたつもりなのに、ここまで早く見つかるとは。

 三体とも不意打ちで倒したかったのだが、今となっては難しい。

 赤々と光る二対の目がジリジリと近づいてくる。


 怯んではいけない。弱気を見せたら最後、一気に襲われる。

 姿勢だけでも強者のそれを倣う。

 両足均等に体重をかけ、前後左右に動けるように。上半身はリラックス。

 修行で心がけるべきポイントが、戦闘中でも役に立つ。

 

 と、ゴブリンたちの顔が歪んだ。どうやら壺の破片を踏んだらしい。

 街中でも裸足……ゴブリンの美学なのだろうか。


 ルクスはその隙を見逃さず、二体目のゴブリンに新しい壺をお見舞いした。これで残り一体。すかさず駆け寄り、膝を狙って蹴りを放つ。

 とっさに身をよじる三体目のゴブリン。ルクスの足は空を切り、両者が交錯する。


 姿勢を崩したルクス。ゴブリンが高々と棍棒を振り上げ、残忍に嗤うのが見えた。

 しかし彼は落ち着いていた。触れられるほどの近距離では、棍棒よりナイフ。


 鋭く息を吐く。

 同時、足元の陶片を拾って敵の――――股間へ。

 ゴブリンは悶絶し、パタリと倒れた。


 「バカ。なんで一人で突っ込むのよ」

 「頑張ったのに」

 「そもそもアンタ、壺が武器ってどーなの?」

 「結構強いですから。はい、行きますよ」


 ――――ポヨン


 ルクスが一歩踏み出す間もなく、新たなモンスターが降ってきた。しずく型をした液体状のボディ。

 手にした壺を叩きつけるも、難なく受け止められてしまう。優しく柔らかく。まるでクッションだ。

 ただし攻撃は凶悪。モンスターの体が薄く伸び、ルクスの顔にまとわりついた。

 息が吸えない。


「どこが強いって?」


 シェルが火の玉を生み出し、モンスターだけを器用に蒸発させた。


「た、助かった。ありがとう」

「戻りましょ。日が暮れちゃう」


 彼女の言う通り。路面を覆う影が長くなっている。

 ここまで割った壺は、わずかに二つ。そして入れ歯は見つかっていない。


「でも、そしたら――――」

「もういいわ。あれにする」


 シェルはルクスの言葉を遮り、ある一点を指さした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る