第3話 おとしまえ

「はぁ……はぁ……」


 結局、飛んでくる火球から逃げ回るだけで精一杯だった。

 さんざん走らされてスタミナ切れ。その間シェルは一歩も動いていない。

 ルクスの惨敗である。

 

「どう付けてくれるの? オ・ト・シ・マ・エ」

「なんですかそれ?」

「言っとくけど、アンタの指なんてもらっても困るからね」


 精霊がほっそりとした白い手を開き、小指を掻き切るようなジェスチャーを見せる。

 どこか恐ろしい世界の風習だろうか?


 ――――ポッ

 

 ルクスが考えあぐねていると、十個ほどの火の玉が彼を取り囲んだ。

 一つ一つがロウソクサイズというのが怖い。昔話にあった邪悪な儀式そのものだ。


 大変なことになる。

 ルクスは息の整わない中、必死に言葉を選び出す。


「とりあえず、お昼に行きません?」


 火の玉が消えた。


「どーしてそこで、軽めのお誘いみたいになるのよ!」

「いや、お腹すいてるのかなって。焼くとか煮るとか言ってましたし、生贄にもされそうだったので」

「脅かしただけだから。私、食事なんて――――いいわ、付き合ってあげる」


◆◇◆

 

 遅めの昼食。寮の食堂は貸切状態だ。

 勇者を目指す入門生は全員が寮生活をしているが、修行の進度は各自バラバラ。よって食事を共にする機会は少ない。

 

 シェルは口いっぱいに頬張ったプリンを飲み込むと、向かいに座るルクスに目をやった。


「そもそもアンタ、どーしてツボ割ってたの?」

「僕、勇者になりたいんです」

「ワケわかんない」


 ルクスには返す言葉がなかった。自分も納得しての行動ではないのだ。

 ふさわしい答えが見つかる前に、シェルがグーっと伸びをする。


「ま、いいんじゃない? バカっぽいけど、自分で選べるだけマシね」

「え?」


 精霊は人間の願いを叶えると、宿っていた物から解放されるという。

 自由になれるわけではない。まったく違う場所、まったく別の物で宿りなおすらしい。

 シェルに選ぶ自由はなく、見つけてもらうのを待って願いをかなえる。その繰り返し。精霊の宿命だそうだ。


「あーあ。よかったのにな~あのツボ~」


 バサバサと銀の髪を振り乱すシェルに、ルクスは申し訳なさでいっぱいになった。


 きっと、気乗りしない物に宿った経験もあるだろう。

 指輪について触れたときの彼女の表情が、なにより証拠だ。

 長い精霊生活の末、せっかく愛着の持てるつぼと巡り会えたのに……自分が割ってしまった。

 どうやって謝ろう? ……痛いのとか熱いの以外で。

 

「そうだ! 見つけましょうよ、新しい家」


 シェルが首を横に振る。


「ムリ。私の理想は高いんだから」

「大丈夫ですよ! ここにあるかも」

「食堂に?」

「キッチンは道具がいっぱいです。きっとシェルが住みたくなる物だってありますよ」

「どうかしら」


 シェルが鼻で笑う。

 

 しかしルクスは気にしない。

 新生活には不安もある。自分も寮に初めて入った日、ドキドキしていた。

 こんな時は他人の後押しが大切なのだ。

 彼はシェルの手をつかみ、なかば引きずるようにキッチンへと向かった。

 

 キッチンの城主こと食堂のおばちゃんに声をかけ、中に入れてもらう。

 おばちゃんは毎日の食事を作るだけでなく、寮生の相談にも乗る頼もしい人である。

 ルクスの話を聞いた彼女は一瞬怪訝な顔をしたものの、入城と物色を許してくれた。

 

「いいんじゃないですか、これ。木のぬくもりがグッドです」


 ルクスの目に留まったのは樽。

 丸みを帯びたシェイプがチャーミングな一品である。上下のリングはアクセント。

 中は広く、保存性だって壺と勝負できる。


「却下。ツボ投げる人がいるんだから、タルだって同じでしょ」

「あっ」


 言われてみると確かにそうだ。

 同じモーションで壊せてしまう。


「だったらこれ。耐久性はバツグンです」


 次の提案はヤカン。

 投げられても安心だ。多少へこんでいることがあっても、壊れた物は見たことがない。この安らぎ感じるフォルムが、軽さと強度を両立させているのだろう。

 注ぎ口と空気抜きの小穴のおかげで、中が蒸れてしまう心配もない。

 

「イヤよ」

「えっ!?」

「だってお湯が沸くたびにピューピュー言うのよ? 寝られないじゃない」

「そっか――――って、ふたが開いた時点で外に出ないんですか?」

「そ、そうかもしれないけど。それでも火にかけられる物って、イメージ良くないわ」


 住み手となるシェルの感想は尊重すべきだ。

 彼女が気に入らなければ意味はない。


 連続のダメ出し。

 ルクスは途方に暮れた。しかし勇者になるには、心技体のすべてが重要。この程度で諦めている場合ではない。

 静かに闘志を燃やす彼の目に、理想的な物が飛び込んできた。


「これに決まりです!」

「……箱?」

「トランクですよ! 宝箱とも言います」


 勇者が求めてやまない夢の箱。

 中から貴重な薬や装備が出てくるパターンは、昔話でも定番。

 師匠によるとしおれた薬草しか入っていなかったり、襲ってくる場合もあるらしいが。

 

 シェルの気を引きそうなポイントも盛りだくさん。

 

 カラーはレッドを中心に多色展開。鍵があるからセキュリティも安心だ。

 投げたり壊そうとする不届き者もいない。

 そんなことをすれば中身がゴミクズになってしまうのは、誰でも知っている常識である。


「宝箱がある場所にも夢があるんです。地下室とかダンジョンの奥とか、簡単には行けなくて――――」

「ジケジケしてるの嫌い。カビ臭いし」

「誰がカビ臭いんだい?」


 振り返ると……おばちゃん。

 トランクには服を入れているらしい。


 キッチンから追い出されてしまった二人。

 夕飯の仕込みをするという口実だったが、おばちゃんを怒らせてしまったのは明らかだ。

 

(晩ご飯、僕だけないかも……)


 心配するルクスをよそに、シェルは勝ち誇ったようにうそぶく。


「やっぱりツボ最高。でも割れちゃうから――――」

「いいこと思いつきました!」

「まだあるの?」


 呆れたように笑うシェルに、ルクスは力一杯うなずいた。

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