第2話 バレちゃった
遅かった。
声がした時点で走り出しておくべきだった。
「なにしてくれてんのよ!」
ヒステリックに叫ぶ一人の女性。
突如としてルクスの前に現れたのだ。どこからともなく。
何者かは……わからない。ルクスより年下にも見えるし、年上にも見える。
断言できるのは、一度見たら一生忘れられなくなるほど美人ということ。
突撃前の狂戦士のような顔をしていなければの話だが。
女性は壺の成れの果てを見て、頭をかきむしる。
さらさらとした銀髪が、最盛期を過ぎた夏日を浴びてきらきら輝いた。
「あーあ、もう粉々」
「ですか? これじゃ全然たりないんです」
「もっと壊す気だったの!?」
ルクスに向けられた金色の大きな瞳。目覚めても続く悪夢を見るかのような目である。
これ以上に見開けば、飛び出してしまいそうだ。
「いや、だって師匠が――――」
「人のせいにしないの。アンタが犯人なんだから」
「犯人って」
「こっちの身にもなってよ。スヤスヤ寝てたらヒュッって落ちたんだから。いきなり加速度ついたときの恐怖、わかる? わかる?」
なにやら怖かったらしい。
しかしルクスは他のことを考えていた。
頭の中で聞いた内容を反復する。
「えっと、壺に入ってたみたいに聞こえるんですけど」
「私の家だもの」
「………」
息を吞んだルクスに、女性は口をとがらせる。
「なに、今度はダンマリ?」
「だって――――」
「焼かれる、煮られる、蒸される。さあ選びなさい」
(聞く気ないよこの人)
塩加減は~とか、変な歌を作らないでほしい。まさか……本気だろうか?
ルクスの視線がさまよう。
恨めしげな足取りで迫る、得体の知れない女性。
壺を自分の家だと主張しているし、いろいろと危ない。
急に襲ってきてもおかしくない。
かと言って、身を守るのも難しい。まだ壺の割り方しか教わっていないのだ。
相手に聞く耳があってもなくても、お願いするしかない。
「死にたくないです。それと一度、調理法から離れません?」
「なによ。要求だけ一人前ね」
まだブツブツ言っているが、さっきまでの剣幕ではない。頭を冷やしてくれたらしい。
食材にされる運命からは少し遠ざかれたようだ。
ルクスは小さく息を吐き、おそるおそる切り出す。
「あの、あなたは誰ですか?」
「私はシェル。人間は……そうね、精霊と呼んだりもする」
村で聞いた昔話がある。
主人公が拾った物を磨くと精霊が現れ、願い事を叶えてくれる。そんな内容だった。
日用品などに憑り付――――もとい、宿る精霊。……ある意味、家主だ。
「僕の場合、割っちゃったと」
「普通、ファーストチョイスでツボ投げる? 中も見ずに? おかしいでしょアンタ」
事情を説明しかけて思い直す。
壺割りの修行について話したところで、わかってもらえるとは思えない。また怒られるのがオチだ。
変えられそうな話題を探す。
(そうだ)
割れ物を家にしていたのは彼女だ。だったら、壊される覚悟をもって住んでもらわないと。
ここまで責められるのは納得がいかない。
理不尽に立ち向かってこそ勇者……って師匠が言っていた。
ルクスは問答無用で精霊の家を破壊した理不尽さを棚に上げ、反撃の意思を目に宿す。
「昔話の精霊って、みんな頑丈そうな物に宿ってましたよ。指輪とか油差しとか」
「そんな狭いとこ――――ってアンタ、そういう趣味?」
「どんなっ!?」
汚らわしい物を見るかのようなシェルの目。ルクスは顔が熱くなるのを感じた。
とてもイヤらしいことを言ってしまった気になってくる。
「長期保存にはテラコッタのツボがベスト。腐りにくいのよ」
「腐っちゃうんですか?」
腐った精霊とか……なおさら会いたくない。絶対に呪われる。
「揚げ足とらないで。でもドンヨリした所で何十年も待つなんてもうウンザリ」
シェルは一気にまくし立て、大げさに溜め息をついた。
ルクスにも理解できる。居心地は大切――――勇者修行で得た一番の教訓だ。
寮のベッドは固くて、筋肉痛が治りにくい。
ルクスは道場の一角を指さした。所狭しと積まれている壺の山。
すべて割るために用意された物だが、一つくらいシェルにあげても問題ないだろう。
「ここから好きなの選んでもらう、ってどうですか?」
「やめとく。またバカに割られちゃうから」
(バカって)
カチンときた。
「割れても元通りにすればいいんじゃないですか? 力あるんですよね?」
「アンタが壊したのに私が直すわけ? どう考えても変よ」
「できないって認めましたね」
「とは言ってない」
割れた壺を直す。時を巻き戻すに等しい偉業。精霊とはいえ、その類の力は滅多に発揮できない。
制約を解くカギは、精霊の名前と人間の魂。精霊の名を知った人間が願うことで、一回だけ超常的な現象を起こせるのだ。
シェルという名は、あくまで一部。彼女が本名を明かし、ルクスが願えば壺も元通りになるそうだが――――
「けどアンタ、別のことお願いするでしょ。絶対」
「さあ? でもそれじゃ、一人だと弱いってことですよね」
金の瞳に猛々しい火が灯る。
「うふふ、言ったな小僧」
「僕だって――――」
「かかってきなさい。私に触れられたら、チャラにしてあげる」
仮にも勇者の卵だ。
今こそ、壺割りで鍛えた足腰の強さを見せる時。
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