勇者の卵の試練な一日【5話完結】
咲野ひさと
第1話 とある日の修行
素焼きの小片に囲まれ、純朴そうな少年が目をしばたたかせた。
「この修行で僕、強くなれるんですか?」
「無論じゃ」
「でも師匠、意味がよく……」
少年の整った顔立ちは精悍さを帯び始めているものの、首をかしげる仕草があどけない。
対照的なのは、彼の傍で腕を組む老人。少年が師匠と呼ぶ人物だ。白く太い眉を寄せ、重々しく首肯している。
「深~い意味があるのじゃ」
「体をきたえるなら、これを持ち上げるより――――」
「たわけっ!」
鋭い一喝が少年の身をすくませる。
「勇者になれば、壺を割らねばならぬ時がある。とがった破片が出ると怪我をしてしまうから、心してかかるのじゃ」
「はい師匠」
「よいか、しかと見ておれ」
老人は手近な壺を掲げると、地面に叩きつけた。外見には見合わぬ軽やかさだ。
熟練の技を受けた壺に成す術はなく、文字通り砂山へと姿を変えた。
「粉々ですね」
「じゃろう。ここまで砕けば家主も気づくまい」
「家主……ですか?」
弟子に諭すような眼差しを向ける師匠。
「うむ。勇者たる者、あらゆる所を踏破せねばならぬ。招待なき民家に立ち入って物品を得る技術、家主に
「あの師匠――――」
「ルクスよ、焦るでない。勇者への道とは心技体、すべてにおいて抜きんでる道。とにかく長い」
「壺割りが最初ってことですか」
「いかにも。体作りと探索の基礎が合わさった大切な修行じゃ。強靭な肉体なくして技の修練など笑止千万。心は……そうじゃな、なんとかなるじゃろ」
(心は!?)
ルクスと呼ばれた少年は師匠を二度見した。
まさかの放任。
この流れで良い話をされても、頭に入ってこなかったが。
民家がどうとか……まちがいなく不適切な響きがあった。
「いずれ派生の割り方を伝授する。その時まで、しかと基本を身に着けるのじゃ」
「……はい」
ルクスは釈然としない思いを抱えつつ、師匠の背中を見送った。
彼が勇者修行を始めたのは夏の初め。まだ三か月も経っていない。
思えば唐突なスタートだった。
村に立派な身なりの一行がやってきて、ルクスが選ばれし者であると告げたのだ。
一般に選ばれし者とは、勇者を意味する。人や世界を救う正義の象徴で、弱きを助けて悪しきを
その活躍談には誰しも心躍らせ、少なくとも一度は自分がなった時の夢を見る。
ルクスも憧れを抱く一人だったが、まさか自分が選ばれるとは思っていなかった。
なにしろ勇者は特別。スーパーパワーや必殺スキルを持っている。
まあまあ力が強く、そこそこ足が速い。同年代では体が大きい方。
その程度の彼が選ばれた理由は、師匠と会った初日に判明した。
インスピレーション――――つまり適当。ガタイが良かったから呼んでみたというノリだったのだ。
というのも、選ばれた時点では勇者候補。すぐ勇者になれるわけではないらしい。入門して厳しい修行と激しい競争を経た先、なれるかどうかの険しい道。
衝撃の事実を聞いて、ルクスはコケた。それを筋力不足と指摘されたモヤモヤ……一生忘れない。
同時に希望もあった。歴代の勇者も、最初は大して強くなかったのだ。
であれば自分もなれるかもしれない。スゴい技を教えてもらったり、空を飛んだり――――すごくワクワクする。
ルクスは入門の意思を固めた。
現実は違った。
朝から晩まで壺を持ち上げて、割る。
ものづくり精神を踏みにじる行いだ。壺を作った人に何と言えばいいか。
――――あ、どうも。あなたの工房の壺、割りやすいですね……とか?
世界を救う以前に陶芸家、いや全芸術家の敵になってしまっている。
そうは言っても、入門した事実は変えられない。
いまさら投げ出すのは癪だし、壺割りの次にはイメージ通りの修行が待っているかもしれない。
壺を割り続けなければ、その日は来ない。
ルクスはため息を一つついて、次のターゲットを定めた。もちろん、代り映えしない素焼きの壺である。
師匠の動きをなぞる。
足を肩幅に開き、道場の土を踏みしめる。体重は左右に半分ずつ。
上半身はリラックス。体の中心を一直線に揃える感覚が大事らしい。
壺は腕の力に頼るのではなく、脇を締めて骨格で重みを支えるようにして持ち上げる。
投げる時も力まず、全身を大きく使って――――
「えいっ」
――――カシャン
反省。
大きな破片がたくさんある。手を切りそうな鋭い物もいっぱい。
手本のように細かく均一には割れていない。
それに師匠の教えでは、かけ声を出してはいけないのだ。黙ってサクサク割らないとダメなのだ。バレてしまう危険性があるらしい。
って――――誰に?
敵? それともやっぱり、家主だろうか。
「ちょっとぉ」
ルクスが頭をひねっていると、聞き覚えのない声がした。くぐもった声。
周囲を見回すも、誰もいない。
しかし彼は、ある結論に至っていた。
――――バレてしまったのだ、と。
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