第4話 真の力

 次の日もエドウィンたちは工房を訪れていた。


「――交渉決裂だよエドウィン。せっかくアンタに手柄をやろうと思ったのに、他の監査官に話を持っていくよ?」


「なにが手柄だ、厄介事以外の何物でもねえ。竜神聖戦参戦の前に、まずあの武器を調査機関に差し出せ」


「お断りだよ。あんな奴らの玩具にされてたまるか」


 昨日に引き続いてエドウィンとイルの話は平行線だった。


 それを尻目にアッシュは表面が荒い歪な形のプレートを、ガリガリと削る作業をしていて、エレナはその作業を眺めている。


 ふとアッシュが手を止めた。

 そして外の方に視線を向けて眼を眇めた。


「アッシュ、どうしたの?」


 エレナが尋ねると、アッシュは唇の前に人差し指を立てて、エレナの話を止める。


「イル、誰か来ている」


 アッシュがそう言った瞬間――。


 工房の壁が爆発によって吹き飛んだ。


 それに対するイルの反応は速かった。


「アッシュ、鉄竜牙ティラガを持って逃げるよ!」


「エレナ行くぞ!」

 エドウィンも素早くエレナを呼び寄せた。


 四人は裏口から抜け出し、裏路地を走る。


 後の方では追手が迫る音が聞こえる。


「エドウィン! アンタ達は無関係だし監査官だ。逃げる必要は無いよ!」

 走りながらイルは言う。


「関係は大アリだ。まだ鉄竜牙ティラガの秘密を聞いていない。襲われるのを黙って見てられるか!」


 イルを先頭にした一行は、裏路地から少し広い通りに出た。


 しかし、そこにも襲撃犯の仲間がいたらしく、イルたちを見ると追いかけてきた。


「広場に行くよ! あそこなら手出ししないはず」


 広場に着いた四人が肩で息をしていると、わらわらと男たちが現れて取り囲まれてしまった。

 しかし男たちは襲いかかってこなかった。

 イルの言う通り広場の人目を気にして躊躇しているようだった。


「どきな」

 その男たちの囲いを割って一人の男が出て来た。

 エンジ色のローブを纏って同じ色の髪色をした若い男だ。


「おい、あの女が標的か?」

 エンジ色の髪の男は近くの男に問う。問われた男は首肯で答えた。


 エドウィンがそのエンジ色髪の男を見て、驚いた様子で言う。


「アイツは、ガルーダ……」

「知り合いかい? エドウィン」

「見たことがあるくらいだ。アイツは『火竜』から追放された『』だ」

「なるほど。なりふり構ってられないってことか」


 二人がそう話していると、ガルーダがゆっくりと近づいてきた。


「おしゃべりは終わったか?」

 そう言うとガルーダは腕を上へ伸ばして人差し指を立てた。


「ここなら襲ってこないと思ったか?」

 突如としてガルーダの指先に巨大な火の玉が出現した。


 突然現れた巨大な火球に広場は騒然となる。そして広場の人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


「待て、こんなところでそんな術を使うな。街に被害が出るぞ」

「なんだお前、指図される筋合いはねえ」


「俺は竜人監査官だ。竜の戦いを取り仕切り権限がある」

 ガルーダはほぅと呟くが鼻でわらう。


「馬鹿が『くずれ竜』にそんな権限が通じるわけねえだろ。お前も死んどけ」

 ガルーダは手を振り下ろした。


 火球が襲い掛かる。


 アッシュからプレートを受け取ったイルは、それを素早く鉄竜牙ティラガに装着した。


水牢アクアプリズン

 イルが剣を突き上げると半円球状の水の壁が四人を包んだ。


 火球が水の壁に衝突すると、水の壁が火球を包み込む。火球は水に飲み込まれるようにかき消えてしまった。


 水蒸気が立ち昇る中、それを切り裂くようにしてガルーダが襲いかかって来た。


 その手には炎を纏った剣を握っている。


「終わりだ」ガルーダは呟く。


炎の剣はイルの身体を切り裂いた。

しかしそれは水が生み出した鏡像であり、ガルーダの剣は水の壁をわずかに蒸発させただけだった。


「そう、終わりだよ」

 水の槍がガルーダの肩を後から貫いた。


「甘かったね。水蒸気に紛れて策を練っていたのは、アンタだけじゃないんだよ」


 しかしガルーダは嗤う。


「甘いのはそっちだ」


 突如して広場の石畳が弾けて男が飛び出して来た。


 不意打ちを喰らったイルは石畳の上を転がる。


 土から出てきた男は、そのままイルの腹を蹴り飛ばす。

 大きく吹っ飛ばされた彼女は広場の噴水に叩きつけられた。


「イル!」

「動くな」

 叫ぶアッシュにガルーダが喉元に剣を突きつけながら言う。


「そっちの監査官も動くなよ。こいつの喉に穴が開くぞ。おいガンザス。その女を持って来い。俺が直々になぶってやる」


 地面から出てきた男にガルーダが命令した。

 そのガンザスは噴水からイルの身体を引っ張り上げて放り投げた。


 石畳の上を這いつくばるイル。彼女の口には血が滲んでいた。


「……ふぅ、油断したね。奥の手を用意していたなんてね」


「へっ、その余裕がいつまで続くかな」


 突如としてイルは哄笑し始めた。大きな笑い声が広場に響く。


「何がおかしい」


「ハハッ、笑わずにはいられないよ。

 ガルーダとか言ったね、アンタが取った行動は最大の悪手だよ」


「何だと」


 イルは妖艶に笑う。


「アッシュ、いいよ。


 次の瞬間、アッシュは目の前の剣を無造作に手で掴んだ。


 すると剣は溶けるようにただれてしまった。驚愕するガルーダの目の前で、剣だったそれはぐにゃりと形を変えながら、アッシュの腕を包む。


 そして瞬く間に手甲へとその姿を変えた。


 手甲を纏ったアッシュの拳がガルーダの顎を跳ね上げた。

 その一撃でガルーダの意識は飛んだ。


 しかし、ガンザスがその身に土の鎧を纏って、襲いかかってきた。


「アッシュ!」


 イルが鉄竜牙ティラガを投げてきた。


 アッシュの手の中で鉄竜牙は光り輝く。


 そして先程の剣と同じ様にその形を変えはじめた。両刃の刃の間に細長い筒が浮き上がって来て、細長い筒を剣の両刃が挟むような形状となった。


 アッシュはそれを両手で握って突きの構えを取る。


 ガンザスの拳が眼前に迫る。


強弾砲マグナバスター

 アッシュの剣が鋭い爆発音を放った。


 次の瞬間、ガンザスの土の鎧が木っ端微塵に砕け散った。


 何が起きたか分からないガンザス。ただ身体に伝わる衝撃で何らかの攻撃を受けたことを悟った。


 アッシュは剣の鍔に当たる部分を握って捻った。

 鉄竜牙ティラガはガチャリと音を立てる。


多弾砲バレットバスター


 再び爆発音。土の鎧が剥がれたガンザスの身体を無数の衝撃が貫く。


 呻き声をあげる間も無くガンザスの意識は断ち切られた。


 それを確認したアッシュは鉄竜牙を周りの男たちに向けた。


 取り囲んでいた男たちは一目散に遁走したのだった。


 ◆◇◆◇◆◇


 四人は工房に再び戻っていた。


「――アッシュが『鉄竜』の因子を持っているんだな」

 イルの手当をしているアッシュにエドウィンが言う。


「察しがいいな」

 答えたのはイルだった。


「ずっと気になっていた。仮に武器が因子を持つのだとしても、そして、アッシュが見せた鉄を操る能力。あれこそが『鉄竜』の力。そうだろ?」


「ああ、正解さ。本戦まで隠しておきたかったけどね」

 イルは微笑みながら言った。


「まさか、本当に新しい竜が出てくるなんて、どこで見つけてきたんだ?」


「それも秘密さ。でも交換条件だ。竜人認定してくれれば、ある程度話してやってもいい」


 エドウィンは天井を見上げてため息をついた。


「……いいだろう。局長に掛け合ってみる。だが教えてくれ、どうして竜神聖戦ドラゴンディバイオルに出ようとするんだ? 何が目的だ」


 その問いかけにアッシュとイルは視線を合わせる。


 そして二人は口を揃えて言った。


竜神聖戦ドラゴンディバイオルを――


 ◆◇◆◇◆◇


 こうしてアッシュとイルの竜神聖戦ドラゴンディバイオルへの道のりは始まった。


 後に彼らはその名を歴史に残すことになる。


 九番目の竜『ナインスドラゴン』として。


 その牙は運命を穿ち、その咆哮は時代を揺るがした。

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ナインスドラゴン 沢城侑 @sawakiyu

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