第3話 竜と竜の戦い

「――おい、何が始まるんだ」

 一緒に外へ出たエドウィンはイルに尋ねる。


「竜と竜が外に出てやることと言えば、一つだろ?」

 例の刃引きの剣を担いだイルはニヤリと笑いながら言う。


「まさか」


「さぁ、どいてなエドウィン。巻き添え食うよ」

 見るとダウルズの兄弟子たちは、イルたちを取り囲むように立っている。

 そして先程テーブルを叩き割った男はイルの正面に立っていた。


「これは決闘ではないだ。よって、一対一など期待するな」


 男たちは体中から殺気を漲らせて構えている。


「上等だ。こっちもまとめて片付けられて助かる」

 イルがそう言うと、男たちは一斉に飛び掛かって来た。


 前後左右からイルに向かって男たちの拳が迫る。


疾風壁ストームバリヤ

 イルはそう唱えながら剣を地面に突き立てた。


 突如としてイルを中心にして突風が巻き起こった。

 その風は竜巻のようにうねって飛び掛かった男たちの巨躯を吹き飛ばした。


疾風突きゲイルスラスト

 再びイルは唱えた。それと同時に剣を男のうちの一人へと突き出した。


 ドンッという音とともにその男が弾け飛んだ。


 約10歩ほどの距離を飛翔して、激しく地面に叩きつけられた男はそのまま動けなくなってしまった。


 その光景を見て他の男たちは顔に戦慄を浮かべる。


「まずは一人だね」

 飄然とイルは告げる。


 兄弟子のリーダー格の男は歯噛みをする。


「……その力、風か。ならば予定変更だ」


「へぇ、どう変更するんだい? 逃げるのかい?」

 あくまで挑発の姿勢を崩さないイル。

 男たちの顔がいっそう険しくなる。


堅剛拳体フォートレスフィスト

 リーダー格の男がそう唱えると、男の身体の腕が光沢を帯びた黒色に変わっていく。さながら黒い鉄の棒のように。


「なるほど、土竜の力を解放って訳だ」


「土竜の怒り、思い知れ」


 男が間合いを詰めてきた。

 イルはバックステップで間合いを開けて、剣を突きの形に構える。


疾風突きゲイルスラスト

 極限まで圧縮された風が男に襲い掛かる。

 男はそれに向かって拳を振るった。


 すると男の突きは風の衝撃を弾き飛ばしてしまった。


 男は得意気に笑った。そして悠然と間合いを詰めてきた。

 しかしイルも笑う。


「おいアッシュ! プレートを寄越しな!」


 イルはアッシュの方へ手を伸ばしながら叫んだ。


 それを待っていたかのようにアッシュは何かをイルの方へ投げた。それは長さが手の平程の細長い金属のプレートだった。


 それを受け取ったイルは、剣を立てて柄の部分をひねった。

 すると柄が割れて中から同じ様なプレートが滑り落ちる。

 そして空いた穴に新しいプレートを差し込んで再び柄をひねる。

 ガシャッという音を立てて剣は元の形に戻った。


「なんの真似だ!」

 男は嫌な気配を察知して突っ込んできた。


 イルは剣を振りかぶる。


烈水弾アクアバースト


 突如としてイルの剣先から水が鋭い矢のように飛び出した。


 男は腕を交差させてそれを受けて、水は腕に弾かれ霧散した。

 しかし――。


「チッ」

 男は忌々しげに舌打ちする。


「何が起きたかは解っているみたいだね。水は土を柔らかくする。アンタの力はもう使えないよ」


 イルがそう言うと、男の腕の黒色が元の肌色に戻っていった。


「馬鹿な、お前の力は風だった! なのに何故、水が出せる!」


「それに答える義理はないね。もうアンタ達は用済みだよ。退場しな」


 再びイルは剣を振りかぶった。


大瀑布激衝タイダルクラッシュ

 空間が割れて裂け目から大量の水が現れた。

 その勢いは凄まじく、まるで破城槌のような激しさで男たちを襲う。


 男たちは成すすべなく奔流に打ち叩かれて、戦闘不能に陥ってしまったのだった。


 ◆◇◆◇◆◇


 商業都市――オゴート。


 イルたちはエドウィンとエレナを引き連れて、オゴートの下町通りに来ていた。

 そこは下町の中でも職人が多く工房を構える通りであるらしく、至る所に生産に関わる店の看板が下げられていた。


「――着いたよ。入んな」

 イルに連れられて一行はある家に入る。


 中には炉や金床が置いてあり鍛冶屋の工房であることが察せられた。


「なんだ、あの武器は」

 座るなりエドウィンは問いかけた。


「だから焦るなって。真面目で頑固でその上せっかち、モテないよアンタ」

「余計なお世話だ」


「これは『鉄竜』の因子を宿した剣、アタシらは『鉄竜牙ティラガ』と呼んでいる。

 そしてこれは竜の力を記憶したプレートを差すことで、その竜の特性を使える。その効果はさっき見せた通りだ」


「どうして、『鉄竜』は他の竜の力が使えるんだ?」


「竜人の使う武器には、特性にあった材料が使われているのは知っているね?」

 エドウィンは首肯で答えた。


「それらの材料は各特性の記憶ができる。つまり火の竜が使う武器ならば、それは火の特性の記憶が可能ってことだ。そこでだ、もし様々な竜の特性に対応できるように変化する金属があったらどうなる?」


「そんなモノがあれば、様々な竜の特性を……まさか『鉄竜』の力ってのは」


「そのまさかさ。『鉄竜』は金属を自在に操る。それは形を変えるだけでなく、その性質さえも変化させる。つまりは竜の力を保存する金属を自在に作り出せるのさ」


 エドウィンはその説明を反芻するように呟く。

 そして理解し終わった後、じろりとイルを睨む。


「どうやって造った。『鉄竜』の因子の出どころはどこだ?」


「それは秘密。因子の出どころもね。そもそもにそんな情報は要らないだろ?」


「竜人の認定?」


 ピクリとエドウィンの眉が反応した。


「ああそうだ。監査官のアンタを呼んだのはそれが理由さ」


「まさか、竜神聖戦ドラゴンディバイオルに出るつもりか」


「そうだよ。『鉄竜』の竜人として竜神聖戦ドラゴンディバイオルに殴り込みをかける」


 イルは眼を輝かせながら言った。


 ◆◇◆◇◆◇


 その後、エドウィンの質問攻めは続いたが、イルはひらりひらりとかわしながら、鉄竜の核心の部分だけは話さなかった。


 そのやり取りに飽きたのか、アッシュは鉄竜牙ティラガを持って作業場へと来た。


 アッシュは鉄竜牙ティラガを作業机に置く。


 そして慣れた手つきで刃の部分を柄から取り外した。

 それから柄の部品をいじるとガチャリと音を立てて、中心から例の細長いプレートが姿を現した。


 そのプレートを眺めて、一つ頷く。


 そしてプレートが差さっていた空洞をブラシで掃除をし始めた。


「それの整備は君がやっているの?」

 背後から話しかけられたアッシュは手を止める。

 声の主はエレナだった。


「…………」

 しかしアッシュは何も答えず作業に戻る。


 エレナはむぅと眉を寄せてアッシュの前へと回り込む。

「無視することないでしょ。それを造ったのは君?」


 ずいっと顔を寄せられたアッシュは鬱陶しそうに顔をそらす。

「……お前には関係ないだろ」


「『お前』じゃないわよ。私はエレナよ」


「俺も『君』じゃない、子供扱いするな」


「じゃあ、アッシュでいいわね。ねえアッシュ、その鉄竜牙だっけ? それのことを教えてよ」


 ぐいぐい来るエレナにアッシュは舌打ちをして面倒くさそうにする。


「それは秘密だ。口止めされている」


「じゃあ、別のことを聞くわ。アッシュとイルさんは何者? どういう関係?」

「言わない」

「それも秘密なの?」

「俺が言いたくないだけだ」


 素っ気ないアッシュの態度にエレナはむくれる。


 尚も食い下がろうとするエレナだったが、そこにエドウィンが現れた。


「エレナ、一旦帰るぞ。今日はここで宿を取る」


「あ、わかりました……」


 エレナは名残惜しそうにアッシュを見ながら工房を去っていった。


 ◆◇◆◇◆◇


 宿屋の1階にある酒場にて。

 エドウィンは手元のエール酒をぐいっと飲み、グリル肉を一切れ口に放り込んだ。


「局長にはどう報告しましょう……」

 エレナは付け合せのポテトをつつきながら言った。


「まだ報告できる段階じゃないな。明日また聞き込みをする」


「竜人認定の可能性は?」


「今の段階では無理だ。新しい竜の出現とその因子が組み込まれた武器なんて、誰も信じやしない。だが……」


「だが、どうしたのですか?」


「アイツ、認定されるまで竜を狩り続けると言いやがった」

 エレナは愕然とする。


「そんなことされると、竜神聖戦が……」


「ああ、序列13位を倒す力を持った奴が暴れるとなると、聖戦に大きく影響が出る。それは避けないといけない。頭が痛いよ」

 こめかみに手を当てながらエドウィンは頭を振った。


「それにしてもエドウィンさん、あのイルさんとお知り合いのようでしたけど、あの人はどういった人なんですか?」


「ああ、アイツは俺の幼馴染で。トムボーイは俺がつけたアイツのあだ名だ。それでエイガンのあの酒場はアイツとよく飲んでいた場所だった。

 それとアイツは――――だ」


 ◆◇◆◇◆◇


 グラスの琥珀色の液体をイルはちびりと舐めた。

 向かいの席に座るアッシュは金属プレートを磨いている。


「もう後戻りできなくなるよ。アッシュ」


「今さらだろ、イル。後戻りするつもりなんてねえよ」


「厳しい戦いになる」


「わかってる」

 アッシュは磨き終わったプレートをテーブルに置いて、一つ息を吐いた。


「怖いのか、イル? 自分が誘ったクセに」


「まさか。お前こそ日和るなよ、アッシュ」


「そんなことしねえよ。俺は、竜が嫌いだからな」


 イルは微かに笑う。


「私もだよ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る