第2話 鉄竜

 大陸西側の宿場町――エイガン。

 エドウィンたちは商業都市のオゴートを経由してエイガンへとやってきていた。


「――本当にこんな街に、が現れるのですか?」


 安酒場の一画に腰を降ろしている二人。エレナは退屈そうな顔で尋ねた。


「ああ、必ず現れる。というかは正確な名前じゃない」


「正確な名前じゃない?」

「そうだ、あれはあだ名だ。そして、そのあだ名は俺へのメッセージだ」

 仕事中だからか酒場なのに水を飲みながらエドウィンは答えた。


「そのあだ名の主がここに?」

 同じく水の入ったグラスを傾けながらエレナが尋ねる。


「――は、私のあだ名さ」

 不意にエレナの背後から声がした。若い艷やかな女の声だ。


 振り向くとそこには声の主であろう若い女と、あどけない顔をした少年が立っていた。


 若い女は肉感たっぷりの身体を露出が多めの服で包んでいる。少年の方はお世辞にも綺麗とはいえない灰色のローブを身に纏っていて顔は不機嫌そうに仏頂面だ。


「来てやったぞ、イル」

 エドウィンが若い女をイルと呼んだ。


「流石だねエドウィン。お前のそういうとこ好きだぞ」

 おどけた表情でイルは言い、その言葉にエドウィンは鼻を鳴らす。


「あの、エドウィンさん。この方は?」

 エレナの問いにはイルが答える。


「ああ、ごめんね。私はイル。こっちのこいつはアッシュ。よろしくね。それにしてもこんな可愛い子を補佐官にしてるんだ。偉くなったねエドウィン」


「余計なことはいい。さっさと座れ」


 エドウィンに促されたイルとアッシュは腰を降ろした。


「それで何の真似だ? 序列13位の竜をやって何が目的だ? どうやって倒した?」


「まぁまぁ、焦るなよエドウィン」

 イルは運ばれてきたグラスの酒を一杯あおって口元を拭った。


「さて、そこの可愛いお嬢さん」

 イルはエレナを見ながら言う。エレナは不服げに反応する。


「お嬢さんはやめて下さい。私はエレナです」

「ああ、ごめんねエレナ。じゃあ、エレナは補佐官だから、竜の因子を見定めることはできるね?」


「え? ええ、そうですね『竜の眼』を携行しています」

 エレナはそう言ってポーチから拳大の水晶石を取り出した。


 『竜の眼』――竜人に宿る竜の因子に反応する特殊な魔法石であり、竜の因子の種類によって、光る色が変わる機能を持っている。竜人の監査を行う監査官並びにその補佐官にとっては必須のアイテムといえる。


「いいね。おいアッシュ、あれを寄越しな」

 呼ばれたアッシュはパンにかぶりついていたが、面倒くさそうに荷物袋をイルに渡した。


 イルは袋の口を解いて中身を出す。


 それは腕の長さほどの一見すると剣であった。シルエットは柄のついた両手剣のそれなのだが刃がついていない。さながら訓練用の刃引きされた剣のようだった。


「さぁ、エレナ。竜の眼をこれにかざしてみてくれるかい?」


「どういうことですか? 竜の因子は人にしか宿りません。剣なんかにかざしても反応するわけがありませんけど」

 エレナは眉を寄せながら言った。


「まあまあ、そう言わずに、やってみてよ」

 イルは微笑みながら言う。


 エレナはエドウィンの頷きを確認して、竜の眼を剣にかざした。エレナは手の中の竜の眼に魔力をかける。すると竜の眼は淡く輝きを放ち始めた。


 エレナは輝きを放つ水晶石を見て小さく声を出した。


「え?」


 それを聞いてイルは口角をあげる。

「何が見えるかい?」


「こ、これは、なんですか? この反応……」

 狼狽するエレナの手元をエドウィンが覗き込んだ。


「これは竜の因子の反応だ。だがこれは、土? いや、違うな」

 エドウィンは狼狽とまではいかないまでも、驚いた様子で竜の眼を見ている。


「これは『鉄』だ。鉄の竜、『』の因子だ」


「『鉄竜』だと?」


 イルの言葉に反応して、エドウィンが険しい顔で問う。


「ああそうさ、火、水、風、土、木、雷、光、闇、そのどれでもない新しい竜、『鉄竜』さ」


「バカバカしい。今さら新しい竜など……」

「出てこないって言い切れるのか? エドウィン」

 悪戯っぽく微笑みながらイルは言う。


 エドウィンは水を一口飲んだ。


「いいだろう、百歩譲って新しい竜が出てきたとしよう。だが人では無く物に因子が宿るなどありえない。

 竜人は存在しても竜の剣なんてものはあり得ないんだ。それはお前だってよく知っているだろう、イル」


「じゃあ、この竜の眼の反応はどう説明するのさ」


「そんなもの手品かなんかだろう」


 イルは大きくため息をつく。

「相変わらず、真面目だけが取り柄で頭が堅いねぇ、エドウィン」


「無節操になんでもかんでも信じるお前よりかはマシだ」


「まぁいいさ、言ってきかせるより見せた方が早いね。エドウィン、さっき私に聞いたね? 土の13番目をどうやって倒したかって。それを見せてやるよ」


「なんだと?」


 エドウィンがそう言った時、パンを食べ終わったアッシュが不意に口を開いた。

「イル、来たぞ」


 アッシュの言葉からややあって酒場の扉が開いた。

 すると体格の良い男たちが厳しい面構えで中に入ってきた。その集団はイルを見つけると近づいてきた。


「お前が、トムボーイか」


「そういうアンタ達は、ダウルズの兄弟子だね?」


「そうだ、ダウルズが世話になったみたいだな」


「ははっ、ちょっと遊んだだけだよ」

 挑発的に笑いながらイルは言う。


 突如として先頭の男がテーブルに拳を打ちつけた。


 激しい音を立ててテーブルは叩き割られる。


 その騒動に酒場の皆の眼が集まるが、それを意に介さず男は冷淡に告げる。


「表にでようか」

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