竜神さまに一目惚れされた挙句、運命と言われ箱庭に閉じ込められて溺愛されるお話♡

ライ

第1話




私は砂浜を歩いていた。 行く宛もなく。


率直にいうと、拗ねていた。 猛烈に。

寄せては返す波を視界の端に入れながら、ただひたすらに歩いていた。 裸足に砂がまとわりつき、幾度となく足を取られる。 それでもなお、ただ歩いていた。


穏やかな波に囲まれた、この一見"竜宮城"かのような美しい離宮は、私一人を閉じ込めるためだけに作られた神さまの"箱庭"。

誰も出ることは叶わない。 ここの主、そして私の夫である、ただひとりを除いて。


……こうやって、海に足を踏み入れようとすれば。


「だめだよ、葵♡」

穏やかな風が吹いたと思った瞬間、ぎゅううと後ろから抱きしめられる。


「ねえ、どこへ行こうとしていたの? 私から離れないで。 可愛い可愛い……私の愛し子」

ひんやりと冷たい手が頬を包んで顔を上げさせた。 絹のようにサラサラな銀の髪は風に靡き、海の色に染まった瞳は私を映してきらりと輝く。 桃色で形の良い唇は弧を描き、蕩けるような笑みをたたえているが、彼から漂うオーラはビリビリと肌を震わせる。 潮の香りに包まれて、私は諦めて目を閉じた。


逃げれるはずもないのだ。

この、美しい神さまからは。



──幼い頃、海で命を落としかけた。

浅瀬だから、と両親が目を離した瞬間、私は海の切れ間に転がり落ちてしまったのだ。

この世とあの世のあわい。 いわば、神の領域。

足を踏み入れて仕舞えば、人の力では抜け出すことはできない。

息が出来なくて、どこまでも真っ暗で。 押しつぶされそうな闇の中、一筋の光が見えた。 無我夢中で手を伸ばせば、指が絡め取られて。


「迷い込んでしまったの? かわいそうに」

綺麗なひとだと、思った。 優しい微笑みに目を奪われてしまった。

──今となっては、それは美しい外見に騙されているだけ、と思うのだけれど。


「……おや。 …………ふふ♡ "今"は気分がいいから助けてあげようねぇ」

絵本で見た天女さまのような格好をしたそのひとは、私の手を取るとぐんぐんと上へと浮かんでいく。 もう、息苦しくはなかった。


「もうすぐ人の世。 きみは元の世界へ戻れるよ。 ……でもね、覚えておいて。 きみはもう、私のもの。 きみが大きくなったら、迎えに行くね。 可愛い可愛い……私の愛し子」


額に口付けを落とされて、驚きで瞬いた瞬間、私は砂浜に近い岩の上に座っていた。 手には、綺麗な海色の宝玉を持たされて。

どこを探しても見つからなかった少女が突如発見され、しかも言い伝えに出てくる宝玉を持っていたのだからもう大騒ぎ。


『それはそれは遠い昔、海で姿を消した少女が宝玉を手に帰ってきた。 そして、少女が大きくなった時、再び忽然と姿を消した。 竜神が迎えにきたとか、そうでないとか』

騒ぎに駆けつけた人から竜神伝説を聞いた両親は大慌てでその玉を海に放り投げ、私を連れて帰ったそうな。 そして海辺の街から遠くに引っ越し、海には全く縁のない日々を暮らしていた……はずだった。


18歳の誕生日。 海に漂う夢を見た。 穏やかな優しい波に揺られていると、綺麗な人がふわりと近づいて来て。


「やっと見つけた♡ 探したよ、私の可愛い葵……♡ さぁ、早くこちらへおいで? 今すぐ迎えに行きたいけれど、きみのいる場所は海から離れ過ぎている……。 だから、私たちが出会ったあの海で……待っているよ♡」


目を覚ました私は、急いで家を飛び出した。 夢の内容はほとんど覚えていなかったが、行かなければいけない、と思ってしまっていたのだ。 誰かが私を待っている、でも、その誰かはわからない。 しかし今すぐに、あの海へと行かなければという気持ちに駆り立てられていた。 何度も何度も両親から着信があったが、全て無視してしまうほどに。

海に着くと、砂浜に綺麗な宝玉が打ち上げられていて。 それはもう、今思えば全て彼の思うままに踊らされていたというか、見るからに待ち構えていたというか、あからさまに私を呼んでいたというか。 まんまと手に取ってしまった私は、次の瞬間にこの海に閉じ込められた。


「待ってたよぉ、葵♡ これからはず〜っと一緒だね……♡」

穏やかに揺れる波の中、私を優しく抱きしめたひとは、恐ろしいほどに綺麗な笑みを浮かべていた。 急に変わった世界に驚き睫毛をはたはたと揺らすと、あの日と同じように、いや、もっと嬉しそうに微笑んで。


「七つまでは神のうち……。 どうしてあの日、海に来てしまったんだい? 次の日は八つのお誕生日だったんでしょう? 私に見染められることもなく、囚われもせずに済んだのに。 まぁ、私は嬉しかったけれど。 代替わりをしたその日にお嫁さんに会えたんだからねぇ……♡」

やけに、神さまらしく無いひとだと思った。 にこにこと微笑み、けらけらと楽しそうに声をあげて笑い、常にうきうきしている。 想像していた神さまとは大違いだ。

私に向ける執着は……神さまらしいのかもしれないけれど。


「……はぁ♡ 私の可愛い葵だぁ♡ ずっと探してたんだよ……? 大きくなったね、可愛い♡ ますます私好みに育っただなんて……♡ 葵は本当に素晴らしい子だね♡ ふふ、葵も私に会えて嬉しい?♡ 私たちの間を引き裂こうとするなんてひどいよねぇ……? 私、この世を水に沈めてしまおうかと思ったよ」



やわらかい口調で何とも恐ろしいことを言うこの神さまは、依澄(いずみ)というらしい。

あまりの美貌に最初は女性かと思ってしまったが、耳触りの良いテノールとすらりとした長身、それから案外筋肉質でガタイの良い体格が男性……男神だということを決定づける。


「葵、今日からここがきみと私の愛の巣だよ♡ ああ、これからずっと、ずっ……っと一緒にいられるね……♡ きみが私のそばから離れてしまって、たくさん探したんだから……。 でも、私から逃げた訳じゃないよね? 私の気を引きたかっただけだもんね? そうだよね、私の可愛い葵……♡♡」


彼の正体はやっぱり竜神で、昔々の伝説は彼のお祖父様のお話らしい。 つまり、彼は竜神と人間の混血。 でも、お祖父様に勝るほどの力を持っているとか。 私が海のあわいに転がり落ちたのは、ちょうど彼がお父様からこの海を任された日だったらしい。 それを彼は"運命"だと思い、おまけに一目惚れをしたらしい。 私が引越して気配が遠ざかった日からずっとずっと執念深く私を探していたんだとか。


その証拠に、私をこちらへ引き摺り込んだ日はそれはそれは激しく私を抱いた。 痛いなんてことは微塵もなく、ただひたすらに気持ちよかったのが幸いだったけれど。

熱い瞳は、なぜ逃げた、なぜ私から逃げれると思った、と責め立てるのに、触れる手はどこまでも優しくて。 そのギャップで頭がおかしくなりそうだった。



……とまあ、こんな風に。

一目惚れをされ海に引き摺り込まれ、愛が重たすぎる神さまとの婚姻が"""強制的"""に結ばれたわけなのですが。


どうやら彼は、浮気をしている……のかもしれない。 いや、断じて、疑っているわけではないのだけれど。 疑うのも烏滸がましいくらいには愛されている自覚はあるのだけれど……。

私は、見てしまったのだ。 ある夜、ふと目が覚めたら依澄が褥にいなくて。 いつもなら苦しいくらい私を抱きしめて眠るのに。 これは珍しいなと思い、寝ぼけ眼を擦りながら離宮を歩き回ってみたら、海岸に立っている後ろ姿を見つけて。 声をかけようか迷っていたら、それはそれは美しい女性が現れたのだ。 海に浮かぶように立つその人と、依澄は何やら話していて。 私は見ていられなくて寝室へと駆け込み、布団を頭までかぶって不貞寝を決めた。


私のことを閉じ込めておいて。 私のことをここまで愛しておいて。 などとすっかり依澄に絆されている私はヘソを曲げているのであった。 彼を疑っては……いないはずなのだ、まだ。




「葵〜? 私の可愛い葵〜? どうしちゃったの? こっちを向いておくれ。 ねえ、その可愛い瞳に私を映しておくれよ」

私を膝の上に乗せてすっかり機嫌を直した依澄と、つーんとそっぽを向く私。 逃げ出そうにも腰に回った腕がそれを許さない。 どうしてこんなに力が強いの。 神さまだからなの?


「葵、葵♡ 私の愛しい子。 どうしてそんなにご機嫌斜めなの? 私のことが嫌いになってしまったのかい? ……ううん、そんなことはないよね〜♡ 葵は私のことが大好きだもんね〜♡♡」

……こういうところが神さまらしいというか。 己が愛されてやまないと思っているところが、どうしても憎めないというか。 愛おしいとまで思えてくる。


「ほら、どうしたの〜♡ よしよし♡ 可愛い私の葵……♡ 一緒に砂浜をお散歩出来なくて拗ねちゃったのかい?♡ ごめんね、どうしても今日中にやらなければいけないお仕事があったものだから。 でもこの離宮は私の力で作ったものだから、葵がどこにいても何をしていてもわかるよ♡ だから葵が海に入ろうとした瞬間にぎゅ〜♡ってしたでしょう? ずーっと見てるし、ずーっと一緒だよ♡ だからほら……おへそ曲げないで?♡」

「…………」

「葵〜〜っ♡♡ ほっぺたぷく〜って可愛いねぇ〜♡♡♡ 怒ってるぷんぷん葵も可愛い〜〜♡♡♡♡

目を合わせないようにして無視を決め込んでも、私がそばにいるだけでご機嫌な依澄はすりすり♡と頬擦りをしてくる。


「おめめ合わせてくれない葵♡ 可愛い〜♡ 優しくて良い子の葵がぷんすこするのは私にだけだもんね〜♡ 可愛い、可愛いねぇ〜♡ うん、うん♡ どんな葵でも愛してるよ♡ ん〜〜♡ 食べちゃいたい……♡ んふふ……♡」

はむ♡はむ♡と頬っぺたを食み始めた依澄の胸に腕をついて突っ張っても、当の彼はどこ吹く風。 可愛いねぇ♡と指を絡ませられて、あやすように口づけの雨が顔中に降ってくる。


「ちょっ、と、とまって、ちょっと待って、依澄」

このままだとずっと依澄のペースに巻き込まれてしまう。 こんな気持ちを抱えたままなのも嫌だ。 今日こそは……聞かなくては。


「……? どうしたの、葵?♡ くすぐったかった?♡」

「ちが、う、けど、ちょっとまって」

「うん?」

はたはた、とまつ毛が揺れた。 きょとんと大きな目をこちらに向けて私の言葉を待つ。 海を閉じ込めたようなキラキラと光る瞳に私が映っている。 彼は割と童顔気味だが、その実ウン百……いや、ウン千歳なのだ。 騙されてはいけない。


「…………あのね、依澄。 何か私に言うことはない?」

これだ。 これでいこう。 遠い昔、ドラマで見たセリフ。 昔、というのは私がここに連れ去られてから何年経ったのかわからないからというのもある。

……現世に"私が存在したという記憶"はすでに消されているらしいから、私を探す者はもういない。 両親や友人の記憶の中に、私は存在しない。

──そう。 目の前にいる神さま以外、私を知る者はいないのだ。

寂しいけれど、仕方がない。 強引に引き摺り込まれたとはいえ、神さまのわがままに付き合うと決めたのは私だもの。


「……言うこと? 葵に、私が?」

うーん、と首を傾げる仕草まで絵になっていて悔しい。 さらりと肩を滑る銀色の髪が流れ星のように煌めいている。 藍色の着物に、朝方の地平線のように澄み渡った空色の羽衣。

やはり、天女のようだと思ってしまう。 それくらい、美しいのだ。 未だに、このひとが私の夫だというのが信じられない時がある。 あれから数えられないくらい抱かれ、とうの昔に私の髪は銀色になり、瞳も彼と同じ海の色に染まっているというのに。 ちなみに、私の見た目は18歳のまま。 老いることも、朽ちることもない。

……私はこの箱庭で、依澄にだけ愛されて一生を過ごすのだ。


「……ああ! 葵が寝言で『依澄、だいすき……♡』って言ってくれたのに耐えかねて襲っちゃった件? ごめんね、あまりにも可愛かったものだから……。 でも、葵も気持ちよくなって最終的にはもっともっと♡って言ってくれたから問題ないよねぇ♡♡」

「っ、……その件じゃなくて……。 ええと、寝てる時に襲うのは今後控えて頂くことにして」

「控えないよぉ♡ だってすりすり♡って私に擦り寄ってくる葵が可愛いんだもん♡」

だもん♡ってなんだ。 私より何百歳も何千歳年上も男のぶりっ子なんて。 ……でも何をしても絵になるのがやっぱり悔しい。


「それじゃなかったら……。 葵のご飯にこっそり私の神力を混ぜて感度を良くした件……? でもでも、その時も葵は気持ちいい〜♡って抱きついてきてくれたよね♡♡」

そんなことをしていたのか。 確かに、あの日はすごく気持ちが良かっ……じゃなくて。


「…………。 依澄、その話は一旦おいておこうか。 私がしたいのはそういう話じゃなくってね、」

「これでもなかったら……。 葵の着た下着をこっそり拝借してる話?! 何で気づいたの?! 私、新しいの混ぜておいたよね?!」

「…………そんなことしてたの? うーん、もう、追加してくれてるのならいいけど……」

……いや、これがよくないのだろうか。 こうやって甘やかすから、この目の前の男は味を占めて次から次へと拗らせた重たい愛情を向けてくるのか?!


「……葵、ため息ついたらだめだよ。 運が逃げるなんてことは私がついている限り絶対にあり得ないから安心して欲しいけど、大事な葵には笑顔でいてほしいな」

よしよし、と髪を撫ぜられて、ちゅ、と口づけを落とされた。

忘れかけてたけど、そりゃあ竜神さまですもんね……今更過ぎるけどご加護すごそう……。


「きみを笑顔にするために、私に出来ることならなんでも言って。 私は葵のことを誰よりも愛しているからね」

絡められた左手の薬指には、お互いに指輪のようにぐるっと鱗が生えている。 もう二度と離さない、という意思がここからも窺い知れる、のに。


「…………何を言っても笑わない? 怒らない?」

「笑わないし怒らないよぉ。 私が葵を傷つけたことが一度でもあったかなぁ?」

「……ないかなぁ」

「でしょ? 可愛い葵の言葉だもん。 一字一句聞き逃さないし、何を言っても私は受け入れるよ。 ……だから、言ってごらん?」

ここまで言うのなら。 尋ねてみても良いのかもしれない。 すー、はー、と息を整える私を見て、依澄から漂う雰囲気が変わる。


「………………この前ね」

「うん」

「……この前、依澄が海で女の人と話してるのを見たの。 すごく、仲が良さそうだった。 浮気なら浮気って言って、邪魔なら私出て行くか、ら、……?」

視点が変わったと思ったら、何かにのし掛かられる。 押し倒されたと理解した時には満面の笑みを浮かべた依澄に見下ろされていた。


「葵っ!♡ 葵ぃぃい♡ 嬉しいっ♡ 私、とっても嬉しいよ♡♡ それって、嫉妬してくれたってことだよねぇ?♡ やきもち焼いてくれたってことだよねぇ!♡ ……ふふ♡ 大丈夫だよ、私はぜっっっっったいに浮気なんてしないからねぇ♡ 愛してるのは葵だけだよ♡ は〜♡ 可愛い♡ よしよし、葵は本当に可愛いねぇ♡」

すりすりと首筋に頬擦りをして、かぷかぷと耳たぶを甘く食まれる。 何が起こっているのか理解が追いつかずに目を白黒させていると、蕩けるような笑みを向けられた。


「心配しなくて大丈夫♡ あれは私の妹だから」

「いもう、と……?」

「そう。 あれ、言ってなかったかなぁ? 瑠璃っていうんだけど、葵に会いたいってしつこくて。 わざわざ何重にも張ってある結界をすり抜けてここまで来るんだもん、執念深いったら。 全く、誰に似たんだろうねぇ」

……私、とっても執念深い方を知っています。


「まぁとにかく、私は浮気なんて絶対にしないからねぇ♡♡ 一生葵だけ♡♡ 私は本当に一途だよ♡♡♡ 葵は私の運命だもん♡ ふふ♡ 嬉しいなぁ、葵がやきもち焼いてくれるなんて♡♡♡ あっははぁ♡

…………ああ、でも。 次に葵がここから出て行く、なんて言ったら私、どうなっちゃうかわからないからもう言わないでね……♡♡ 葵のことになると制御が効かないんだ♡ うっかり手が滑ってうっかり水が増して、うっかり地上を水に沈めちゃったり……なんてことがうっかり起こっちゃうかもしれないから……♡ ふふっ♡ 葵が邪魔なんてことも絶対に絶対にないからねぇ♡♡ ん〜、よしよし♡ 私のせいで不安にさせちゃったね、ごめんね♡♡」

「…………よかった」

「ん?♡」

「……依澄が、浮気してなくて良かった」

本当に、良かった。 なんだかんだ言って、彼が女の人といるのを見て、私のために作られたはずの箱庭なのに、と拗ねるくらいには彼のことを愛しているのだ。


「するわけないよぉ〜♡ ……はぁ♡ 私のお嫁さんは本当に可愛いなぁ……♡

……そうだ、葵にだから私の秘密を教えてあげる♡ 私のお祖母様が人間なのは知っているね?」

こくり、と頷けば、指の背で優しく頬を撫ぜられる。


「本来、神というものは人と交わってはいけないんだけど……私はお祖母様の血を色濃く継いでいてね。 もちろん、お祖父様の先祖返りでもあるんだけど……。 どうやら、私は人に近い神らしい。

……ということは、私が人である葵に惹かれたのはやはり運命だったんだよねぇ……♡」

……。 なにか大きな秘密を教えられるのかと思ったら、やっぱりそこに行きつくのかぁ。


「ウン、ソウダネ」

「あ〜っ、信じてないなぁ〜?♡ まぁいいけど♡ 私と葵が運命なのは揺るぎのない事実なんだから……♡ お祖母様はお祖父様の神域にいるから一度も会ったことがないんだけれど、お祖父様の気持ち、わかるなぁ……。 だってこぉんなに可愛いんだもの♡ 大事なものはちゃんと大切にしまっておかないとねぇ♡ 本当はこの真っ白な肌に、い、ず、み、って名前も刻み込みたいけれど……。 でも、髪も瞳も私色に染まって、左手の薬指には所有鱗があるんだもん、誰が見たって私のものだよね〜♡♡ 誰にも見せるつもりはないけれど♡♡♡」

私の手を取って、見せつけるように鱗を舐める。 彼に深くまで愛されるたびにそこを舐められている私は、それだけでビクンッ♡と体を揺らしてしまう。


「……あは♡ か〜わいい♡ ……可愛い以外の言葉が出てこないけれど、葵は可愛いんだもの、可愛いは何回言ってもいいよね♡♡♡」

ね?♡と同意を求められて、とりあえず頷くと、彼は満足そうに目を細める。


「うんうん♡ そうだよね♡

…………よし、じゃあ……えっちしよ♡」

ぱちぱち、と瞼を揺らす。 突拍子がないのはいつものことだけれど、今日はまた一段と。


「え〜、だって、私の愛がまだ伝わってなかったってことでしょう? それなら、もっとも〜っと♡葵の奥深くまで私の愛を刻み込まないと♡

それに……勘違いさせてしまったお詫びに、うんと気持ちよくしてあげるからね♡♡♡」

「……ん、えっと、いつも気持ち良いので、気絶してしまう、くらいなので、お手柔らかにしていただけると……嬉しいなぁ……?」

「っ、うわぁ〜〜〜っ♡ やっぱり♡ やっぱり葵もいつも気持ちいい♡って思ってくれてたんだね〜〜?♡ 嬉しいよ♡♡ 葵♡ 葵♡ 可愛い私だけの葵……♡ 葵は奥手だからいつも閨でしか愛を囁いてくれないじゃない……?♡ でも、いつだって言ってくれていいんだよ?♡ 私は葵の言葉ならなんでも嬉しいけど、やっぱり大好きなひとから愛されてるってわかると嬉しいなぁ……♡♡」

「……あ、あいして、るよ……? 私だって……。 ひ、一目、惚れ、だったし……。 だって、依澄みたいに綺麗な人見たことなかったし……」

依澄が矢継ぎ早に愛を吐くものだから、口を挟む隙がないだけであって、私だって、愛しているのだ。 人を辞めて、彼とともに生きていくことを選ぶくらいには。


「ひ、一目惚れ?! 葵が?! 私に?!!?」

目を見開いて思わず正座をし姿勢を正してしまったこのひとを、私はやはり愛しいなぁと思う。


「……ふふ、気づいてなかったの?」

「うん、うん。 だって、ほら、私が葵に一目惚れをして、探し出して、引き摺り込んでしまったじゃない……? まあ、運命なことに変わりはないから全く後悔はしていないんだけれど。 でも、ほら、最初は海の底まで連れて行ってしまったでしょう? 怖くはなかったかな、最初にそれは嫌われちゃったかなって思ってて……」

しよしよ、と肩を落とすこの男は、自分は愛されていて違いないと思っているくせに、自分がどれだけ私に愛されているかが全くわかっていない。


「いずみ」

我ながら、存外柔らかい声を奏でた。

おばかだなぁ、このひとは。 神さまをおばかだなんて思って許されるのは、きっと私だけだろう。 許されると思っている私も、少しは依澄に似てきたのかもしれない。


「好きじゃなかったら、ここにはいないよ。 きっと、もっと必死に逃げ出そうとしているはずだし、口も聞いてないと思う。 でも、ほら。 あなたの愛を受け止めて、私も愛を捧げた。 だから、私はあなたの色に染まった。 髪は光り輝く銀色に、瞳は、海を愛すあなたの青に。 最初は暗くてもちろん怖かったし……一生ここから出られないと思ったらちょっぴり寂しくなったけど……でもあなたが、依澄がいる。 私を必要として、芯まで蕩かして愛してくれた。

これじゃあ……あなたの愛に応えられたことには、ならないかなぁ?」

「っ、なるなる! なるよ!

……葵のことは全部わかったつもりでいたけど、まだまだ知らない葵が知れて嬉しい……♡ そっかぁ……♡ 私、ちゃんと葵に愛されてるんだねぇ……♡ ふふふ♡ やきもちも焼いてもらっちゃったし、私ってほんっ…と幸せ者だなぁ……♡」

とろけるような甘い瞳が、私を見つめる。 海に蜂蜜を蕩かしたような、黄昏色の瞳がすっと眇められた。 彼の瞳は、感情を映す。 嬉しい時は、穏やかな海の色。 怒っている時は、荒れ狂う波の色。 黄昏時の色は……興奮している。 つまりは、私を抱きたいと思っているときだ。



「葵♡ 愛しているよ♡ やきもちを焼いてくれてありがとう……♡

……ああ!もしも葵が望むならもう一度、だぁれも来ない海の底にいこうか? そこなら、瑠璃も来ないよ。 私は葵がだぁいすきだから、葵が隣にいてくれればそれでいいんだぁ♡ あそこには何もないけれど、葵さえいてくれれば他に何も望まない。 葵の不安を取り除くためならなんでもするから、なんでも言ってごらん? 葵のわがままも、ぜぇんぶ私は愛してるから♡」

閃いた!とばかりに私の手を握る。 その手はひんやりと冷たく、彼がひとではないことを伝えている。


「海の……底かぁ」

ぼそり、と誰に言うでもなくひとりごちる。

最初に連れて行かれた場所。 何度か逃げ出そうとした時に閉じ込められた場所。 何度も何度も執拗に愛を注がれた場所。


「やっぱり、まだ怖いかもしれない」

「こわ、い……? 海の底が? それとも……私が……?」

私に怖がられるのがこわいだなんて、依澄はやはり神さまらしくないなぁと思う。 畏怖されるのが、神さまなのに。


「……だって、どうしても葵が欲しかったんだもん。 私の力なら、好きに操るなんてことは簡単だよ? でも、葵に自分から私のことを好きになってほしかった。 だから……最初はちょっと手荒な真似をしてしまったけど……。 だって、きみはすぐに私の手から離れていこうとするから! 本当はずっとずっとそばにいて欲しいし、この腕に抱いていたいんだよ……? 私はもう長過ぎるほど生きてきたけれど、葵がいない日々は恐ろしいほどに長く感じた。 あんな思いはもう嫌なんだ」

苦しそうに顔を歪める姿も美しい。 それが、私が原因ならば、殊更。 やはり、私も依澄に似てきたのかも知れない。


「ねえ、葵……? 私は葵に、そばにいて欲しい。 私たちは、運命だから」

「うん、そうだね。 私たちは、運命だよ」

指を絡めると、それはそれは嬉しそうに破顔する。 その瞳に涙が浮いているように見えたのは、きっと見間違いではない。

ころころと表情を変えて、ひとのように一喜一憂するこのひとは、私だけの神さまだ。


「……嬉しいなぁ♡ 葵♡ 私の可愛い可愛い愛し子♡ きみの瞳に私だけが映るように、私の瞳にもきみだけしか映っていないよ……♡ これからも、蕩けるほどに愛し合おうね♡ 最後には蕩けて共にこの海に溶けてしまうのも良いかも知れないね……♡ そうしたら、ずっと、ずっと一緒にいられる……♡」



深い深い、水の底。 人の世から遠く離れた波間の箱庭で、ふたりは生きる。 手を取り合って、指を絡めて。


竜神が妻に向ける執念がどれほどだったかは……、それに応える妻の愛の深さは、小さな竜宮城を囲む、穏やかな波だけが知っている。


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竜神さまに一目惚れされた挙句、運命と言われ箱庭に閉じ込められて溺愛されるお話♡ ライ @Ra18Fox

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