第33話 ちょっと特別な決戦前夜
火曜日の夜、時刻は20時を回らないぐらいのこと。
「たぶんピン刺した建物にふたり居ると思う。ここ、詰めてやりきろう」
『了解!』
俺は久しぶりに、クラスメイトたちとFPSをしていた。かつてやり込んでた、三人で1チームのバトロワ系だ。
起動することの減った型落ちのゲーミングPCがうなりを上げて稼働してる。使い込んだキーボードのWASDキーは、ほとんど体の一部に感じられた。
俺は先行して敵チームに接敵。エイムの調子がよかったのか、敵のヘッドに吸い付くように弾が命中する。ほぼ無傷で二タテすることが出来た。
「二人ともやった。ここでしばらく芋ろう」
『飴本ナイスー。つうか、もうちょい喜んでいいんじゃね? 上手すぎだろ今の』
「まあ……控えめにしてるんだ、色々あって」
右耳のイヤホンから聞こえたクラスメイトの疑問に答える。
プレイ中は、なるべく感情を動かさないように訓練しているのだった。
「ねえねえ飴本くん、『芋ろう』って何だろうか。この建物で焼き芋でも焼くのかな。秋だものね」
そして、左耳でこしょこしょ喋ってる綿貫先輩の声にも、反応しないよう気をつけてるのだった。
絶対にツッコまないぞ。ていうか存在がバレたらまずいので、反応したくなる可愛い間違いはやめてください……
――契約が終わって、俺はクラスメイトとの交流を再開するつもりでいた。
先輩が家に来る機会は減るだろうから、FPSの約束も即座引き受けたんだ。
しかし綿貫先輩は、契約が終わろうとフツーに俺の家を訪れていた。『今日行くね、部活休みだし』というメッセージが放課後になってすぐ送られてきた。
俺は『すみません、FPSの約束があって対応できません』と断ったが——
「飴本くん、素人目に見ても上手い。ふふっ、大活躍だ。私の頼れる後輩は優秀だね」
こうして見学をしたがって、俺の部屋にいる。
俺への第一印象が漆原から聞かされた『FPSの上手いクラスメイト』らしいし、気になってたんだろうな。
……ていうか数日前の俺の心配、マジでただの杞憂だったんじゃん。先輩、ほぼ理由もなく来てくれるんじゃん。
まぁ、綿貫先輩が近くに居たところで、鍛錬を重ねた俺のプレイはブレない。だから見学をOKしたんだ。
感想は、マイクに乗らないよう静かに喋ってもらえばいいと思ってた。
俺が甘かった。
「あっ、ボウだって。銃を撃つゲームなのに弓があるよ。飴本くん、これは強いんじゃない……?」
「あー俺、弓武器拾おっかな」
『ガチ? 飴本ってその武器、得意だっけ?』
「んー、まあ」
そんなに得意ではないですね。先輩に楽しんでもらえるよう配慮した結果、俺のプレイはめちゃくちゃ歪んでるのだった。
「む、私のために武器を変えてくれたんだろうか……飴本くんってばエンターテイナーだね……」
FPSという音が重要なゲーム性で、イヤホン片方貸しちゃってるし。こしょこしょ
ポイントの賭からないカジュアルマッチを提案しといて良かった。ぜんぜん集中できてないもんな。
今も画面より、隣を見たくなってしまってる。
先日のデート、もとい卒業試験で購入したふんわりした私服に身を包んでる先輩。あまりゲームしないからか、熱心に画面を見つめてる姿が可愛い——
『ぬぉわっ!? 敵来てた!!』
『こいつら強ッ、ちょっ瞬殺された、飴本頼むわっ』
よそ見してたら部隊が半壊してた。これは気付けなかった俺のせいでもあるな?
慌てて味方のカバーに回る。数的有利は覆しにくく、技術の錆びついた俺では一対三の戦況をどうもできなかった。
接戦の末、敗北。チームは全滅で試合終了となる。
「あ〜……! 惜しいっ、今のは惜しいね……!」
クラスメイトたちのGGのかけ声より、左耳の悔しそうな先輩の声に意識がいってしまうのは仕方ないと思うんだ。ありがとうございます、感情移入してくれて。
『なー、てか今、
『ソレ思ったわ、飴本からじゃね?』
負けた際のリアクションが大きかったから、ついに先輩の存在がバレかけていた。
まぁでも大丈夫、誤魔化しのプランニングも完璧だ。事前に言い訳は用意してる。
「近くに姉が居るからその声かなぁ。芽衣、ごめん。通話中だから静かにして」
俺は小さく手を合わせながら、横の綿貫先輩に声を我慢するようお願いした。
すると、先輩は任されたと言わんばかりの表情で、ウィンクしてから頷く。
軽い咳払いの後、スゥっと深呼吸をして——
「ごめんごめーん。 ゲーム
あんまり似てない物真似を披露してくれた。違います、芽衣役を要請したんじゃないんです……! ていうか、よくそんな全力でやってくれますね!?
「んぇぇぇえっ透也の部屋からあたしみたいな声がしたぁ!? ドッペルゲンガー!?」
さらに、いま帰ってきたばかりらしい芽衣が凄い勢いで入ってきた。
収拾が、収拾がつかない……!
◆
誘ってくれたクラスメイトには申し訳ないのだけど、さっきの状況でゲームに集中できるわけないので抜けさせてもらった。今度は俺から誘おうと思う(部屋にひとりの時に)
そんな緊急離脱から、30分ほど経った今は——
「おーっ、可愛いよぉ璃乃ちゃん! 買って即飽きたあたしのカメラが火ぃ吹いてるよー!」
「あ、ありがとう芽衣さん……」
ふわふわした純白の服に身を包む先輩を、芽衣と一緒に撮っていた。
お出かけの時に約束した私服の撮影会だ。平日なのにイベント盛りだくさんだな?
「ぅう、モデルってこんなにもやり辛いものなのか……」
ちなみに綿貫先輩は、物真似を姉本人に見られてから調子を崩してるらしく、今もスカートを握って落ち着かない様子。
「飴本くん、もう撮れた? 撮れたよね。キミのために着てたけど、そろそろ着替えたいな……その、ひとり熱意が凄くて」
綿貫先輩の視線が、気合の入ったカメラマンに向く(芽衣は視線もらえたと思って「おーっ!」とシャッター鳴らしまくってた)
まあ、先輩もここまで本格的な撮影になるとは思ってなかったに違いない。もう少し見ていたいけど、しょうがないか。
「はい、俺の方はもうバッチリです。着替えても大丈夫ですよ」
連写モードで何百枚と撮っておいたから悔いはない。撮影会の終了を告げると、芽衣が「えー」と不満げな声をあげた。
「可愛い璃乃ちゃん、もっと見たかったのにぃ……そーだっ、今日泊まっていかない?」
「え? いいのだろうか。ならママに連絡してから、着替えを取りに——」
「友達用のお泊まりセットでもっこもこのパジャマあるから、それ貸すよっ。あとで一緒にお風呂も入ろっ。それゆけー!」
芽衣が背を押すようにして、綿貫先輩ごと部屋から出ていった。
「……俺も着替えようかな」
しかし、ついに先輩が家に泊まる日が来るとは。
誘った芽衣の方も、すっぴんを見せていいと判断したようだ。それは親友判定にも等しかった。
二人の仲もさらに深まってるらしい。あとは歳上の女子同士、仲良くやってくれればいいなと思った。
◆
まだ火曜日ギリギリの、ほとんど深夜な時間帯。
明日も平日なので、そろそろ寝なきゃいけない頃なんだけど——
「でー、ミイナが弓道部の彼ピついに捕まえてー」
「えっ、本当!? 相手は誰なんだろうか。……部の裏事情を知るのも、主将の勤めだからね?」
「でもでも本音はー?」
「気になりすぎてこのままじゃ眠れない。教えて教えて」
俺の部屋にはまだ芽衣と先輩がいた。
お泊まり会かって、女子の部屋でキャッキャワイワイするものでは? なんで俺の部屋で恋バナしてるんだろう。
綿貫先輩は、芽衣から貸されたナイトウェアに着替えてる。確かにもっこもこしてた。
お風呂上がりなこともあってか、いつものビーズクッションにしなだれかかる姿が妙に直視しづらい。
いや、でも。綿貫先輩には、伝えておかなきゃいけない事があったんだ。大事な話なのに目を逸らすわけにもいかない。
ミイナさんの彼ピ話の盛り上がりが落ち着いてきたところで、俺は切り出す。
「先輩。紫音さんの件なんですけど、接触時に情報は取れました」
「え。……妹の様子はどうだった?」
「いつも通りでした。問題ありません。相手のスタンスは理解できましたし、対策も思いつきました」
頑張って目を逸らさず伝えたんだけど、逆に先輩側からスッと目を逸らされた。あれ? 思ったより不安がってるな。
「透也、何の話ー? お姉ちゃんにも教えろーい」
「ああいや、私の悩みの話なんだ。愛しい妹と喧嘩……とまでは言わないけど、数年ほど気まずい状態に陥っててね。話せてない」
「そうなんだぁ。むむむ、もしも透也とずっと話せなかったらかぁ……まじ病むかも。璃乃ちゃんそれヤバくない? いつでも助けになるよぉ」
状況を自分ごとにして捉え直した芽衣が、声を潜めて
「それじゃあ、質問。芽衣さんだったら、弟と喧嘩した時にどう謝るのかな……?」
「すなおに謝りたい気持ち伝える! 透也が許してくれるまでの時間短いから、ずっとこれー」
思った以上にいいアドバイスだった。まぁ、ひっつかれて「ごめぇええええええええぇぇ」とかガチ泣きされたら、許しはするよね。
「芽衣の言う通りです。俺の考えだと、紫音さんの前では素直でいるほど効果的なので」
「そうなんだ……?」
「はい。俺の部屋で過ごしてるいつもの態度で、素のまま、正直に。ゆるっと接せれば良い効果が生まれるはずです」
紫音さんの中で、綿貫先輩のイメージは凝り固まってる。
数年前に追いかけるのを諦めた【自らに負荷を掛けて頑張る、理想の姉】のままなんだ。喋ってないから思い込みも強い。
それを
「変な提案ではあるんですけど……信じて欲しいです」
「……うん、キミのことは出会った日からずっと信じてるよ。素直になれるよう努力するともさ」
先輩が頷いてくれた。よし、あとは場をセッティングするだけだな。
「ありがとうございます。それじゃ、方向性も決まったので明日に決行しましょう」
「おっと想像よりも実行が早い。ふふふ飴本くん、私、けっこう妹にビビってるんだけど、心の準備とかは?」
「要らないですよ、紫音さん相手にそんなもの。自然体でいきましょう。明日、朝イチで登校して待ち伏せます」
「相変わらず決断力やばー……」
芽衣がなんか言ってたけど、文章を打つのに集中してて聞いてなかった。交換しておいた紫音さんの連絡先に『朝早く来てほしい』と送っておく。
「明日か……今から緊張してきた。飴本くん、当日はサポート頼んだよ?」
「ええ、やってみせましょう。俺には紫音さんと渡り合ってきた経験がありますからね」
自信はある。今日はぐっすり寝て、仲直りの仲介に備えよう。
そして今度こそ、紫音さんより早く登校しよう(リベンジマッチ)
「あ、喧嘩で思い出したんだけどぉ。璃乃ちゃんに貸してたヤンキー漫画の新刊出たよー」
「え、ウソ。読みたい。すぐ読みたい」
「言うと思った! 部屋から持ってくるから待っててねぇ」
……ところで、この歳上女子たちはいつ寝るつもりなんだろう。お泊まり会はこれからが本番らしかった。
大丈夫かな、明日の先輩のコンディション……
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