弓道部の美人な先輩が、俺の部屋でお腹出して寝てる

四条彼方

第1話 深夜のレアイベント①

 登校時間をズラしたら珍しいものが見れた。


 高身長の女生徒が、通学路の信号を待っている――そこまではよくある光景だ。

 特筆すべきは、その立ち姿だろう。


 ただの信号待ちなのに、賞状でも貰う前みたく背筋を伸ばしている。


 長袖のカーディガンを着てるその背中には、細長い袋。2m近くあるかな、彼女の身長をゆうに越えてる。高一男子の平均身長な俺でも見上げるほどだった。


 その女生徒は、重そうな物を背負ってるにもかかわらず、不動だった。

 丈のやや短いスカートは揺れない。

 そこから伸びる、黒タイツに包まれた両脚も動かない。


 唯一、後頭部でお団子にまとめられてる黒髪から伸びた細い髪が、さらりと秋風にたなびいてた。


 そんな彼女を見て、近くを歩いてる女子二人がきゃいきゃい騒いでる。


「ね、あれって綿貫わたぬき先輩じゃない?」

「ホントに朝、弓を背負って登校してるんだ……!」

「トレーニングの一環なんだってさー。弓道部の友達に聞いたことある」


 噂話をされていることに気づいたんだろう、綿貫先輩とやらは振り返り、微笑んで会釈えしゃくした。にこり、ぺこっ。そんな具合に。そしてまた、さらりと前を向く。


 一瞬見えた横顔の整い方だけでもわかった。本物だ。

 こそこそ話題にされた事への嫌味はまるで感じない、秋晴れに合うカラリとした笑顔だった。


 実際、綿貫先輩の表情の出来のよさに、近くの女生徒たちが小さく黄色い悲鳴をあげている。もう、きゃーきゃー言ってる。宝塚かよ。


 うちの学校には、あんなオーラのある弓道部の先輩が居たんだなぁ。


 信号が切り替わり、綿貫先輩が早足で進むのを眺めながら、俺もだらだらと学校へ向けて歩み始める。


 まぁ、今後とくに関わることはないだろう……こちとら運動にまるで縁のない帰宅部だからな。

 第一、いまはクラスメイトとの関係を維持するのに手一杯なんだ。


「……ねむ」


 連日の夜更かしでストレスが溜まっているのを感じる。

 そろそろ必要かもしれないな――俺の考案したスペシャルリラックスコースの開催が。


「ふぁーあ……」


 なんてことを思いながら眠気をあくびで素直に表現する。

 俺はあの美人先輩とちがって誰にも見られていない。なので、だらしない眠気の表現が可能だ。ふふ、言ってて悲しくなってきたぞ。


「よーっす飴本あめもと、昨日はランク一緒に回してくれてありがとな! ポイント盛れたの嬉しすぎて寝れんかったわ!」


 そんな存在感のない俺にも、朝から声を掛けてくれるクラスメイトがいる。影が薄くても大丈夫。そこそこ上手くやっていけてる。

 ストレスの少ない日常が一番だ。


「おはよ。俺も寝不足だよ」


 平穏な学園生活を噛み締めつつ、平凡な受け答えをする俺だった。


 ◆ 


 友人との連日になるゲームをまた終えて、わりともう眠い時間。

 俺がリビングに訪れて早々、ソファーで寝そべる芽衣めいは気だるげに言った。


「ねー透也ぁ、アイス買ってきてぇ。もちダッシュで」

「え、やだよ。こんな夜中に心拍数あげたくないし。大体いま何時だと思ってるんだ」

「0時まえ~……すっぴんの女子高生が、ひとり外に出られる時間帯じゃないんだよぉ」

「ならアイス我慢すればいいじゃん。もう十七歳だろ。大人予備軍だろ。我慢しなさい」

「えー、むりむり耐えられない、あたしってば園児のころから成長ないちゃんだからさぁ。大人びた弟に甘えなきゃ、生きていけなぁい」

「…………」


 芽衣って、本当に俺より一年早く生まれてるんだよな……ひとつ上の姉なんだよな? 

 己の記憶を疑いたくなるぐらい、飴本家の姉は近頃だらしないのだった。


「最近はダイエットまぁじ頑張ってるから、たまにはご褒美がほしいの! ね、ね? お願いっ。いま食べたくなっちゃったの、どうしても!」

「……仕方ないな。今回だけだよ」


 こうなった芽衣のことはいつつ下のわがまま妹だと思って接してる。そっちの方が精神衛生上いいからな。


「えーホント? ありがとー! お礼に、れいてんご口だけ食べさせてあげるねぇ」

「ひと口の半分って……ケチ姉だな」

「うそうそ、何口でも食べさせたげるってば! んじゃ、いってらっしゃーい。なるべく急げよー、きびきび動けよー。無事に買ってこれたら、よしよしギューッしたげるぞー」

「まったく要らない」


 ありがたみのない送り出しだった。


 ネイルをいじりながら、ねずみ色のショートパンツから伸びる脚を背もたれに置いてる芽衣は、すでにこっちとか見ていない模様。いくら恩があるからって甘やかしすぎたか……?


 俺は反省しつつも、外出の準備をするのだった。


 ◆


 九月中旬の、肌寒い夜道をゆっくり歩く。

 急ぐ必要はない。コンビニは飴本家(築二年)から目と鼻の先にある。


 だから、姉が買いに言ってもわりと安全なんだけど「家族以外にすっぴん見せるのマジむり! ちぬ!」とのこと。


 本当に芽衣は子どもっぽいなって思う。同じ女子高生でも、朝がた見かけた綿貫先輩とは大違いだ。


 あの凛とした先輩が俺の姉だったら、深夜の買い出しなんて命じてこないだろうに。


 そんな妄想めいたことを考えながらコンビニへ入る。


 軽やかな入店BGM。それと共に顔をあげ、そしてすぐ、目を見開いた。

 だって、忙しそうに商品をレジに通す店員さんのまえに立っていたのは――


「あ、やばい、入れすぎた……お金足りないです。すみません」


 眠たそうに目をこする綿貫先輩だったからだ。


「これ、4本だけ戻していいですか」


 買い物カゴには、大量のエナジードリンクが積み上がっていた。

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