第2話 深夜のレアイベント②

 とりあえず幻覚を疑って、俺も何度か目をこすった。

 しかし眠たげな先輩の姿は消えない。噂をすれば本人登場?


 高そうなアウターを羽織はおった綿貫先輩は、缶をいくつか持って売り場へときびすを返す。


 その俊敏しゅんびんな動きは、ただの日常的な行為なのに「キレ」のようなものがあった。今朝けさに見た彼女の印象と一致してる動きだ。


 えぇ……綿貫先輩って、こんな夜更けにエナドリ大量に買う人だったんだ。意外な事実。出来立てほやほやな俺の幻想はすぐにこわれたのだった。

 ま、関係値ゼロの先輩への印象が変わったから、どうしたって話ではあるけども。


 さっさとお使いを済ませよう。俺は芽衣の好きなアイスをさっさと二個だけピックして、レジに並ぶ――え、まだ会計が済んでいないのか先輩。

 セルフレジの導入されてないコンビニだから、精算の進み具合はつい見えてしまう。

 表示された額は7000円ギリいかないぐらい。高校生にとっては大金だった。

 綿貫先輩はマネークリップからお札を数枚出して、しずしずと置く。ピアスの開いた男性店員が無愛想ぶあいそに言った。


「ポイントお付けしますか」

「あっ、会員じゃないです。……高額の買い物なので、できればつけたいんですが」

「では、アプリの方インストールしてもらえますかぁ」

「はい……」


 疲れた声の綿貫先輩が、真っ黒いアウターのポケットをごそごそ漁って、静止した。あれっ、どうしたんだろう。


「……ポイントはやめておきます。スマホを忘れてしまって……」


 えぇ、可哀想……俺のなかでの綿貫先輩の第一印象、どこかへ飛んでいきそうだぞ。なんというかこの人、不憫ふびんオーラが全開だ。


 綿貫先輩がすでにまとめられてるレジ袋をふたつ持ち上げると、がしゃがしゃっ、と中のエナドリ同士がぶつかる音がした。


 かなり重そうだけど、持ち運べるのは運動部員の腕力わんりょくがなせる技だろうか。俺には無理。腕立て五回もできないモヤシっ子だよ。両腕の関節が外れるって。


 しかし、それだけの量のエナドリを何のために買うんだろう?

 俺も一時期は、ランクマで気合を入れたい時によく飲んでいた。綿貫先輩にも、集中力が必要なナニカがあるんだろうな。


「ありがとうございましたぁ」


 ぼんやり考えてたら会計が終わったみたいだ。

 去り際の綿貫先輩は、これまた丁寧に、後ろで待たされていた客(つまり俺)に会釈えしゃくをした――


「っ!?」


 ――そして少しだけ固まった。

 綿貫先輩が、俺の顔を視認して動揺したように見えるけど、いやいや、十中八九あれだ、気のせいだ。だから関係値ゼロだってば。

 俺なんかに心乱されるとかありえない。自意識過剰ってやつだ。


 なんだかレアなイベントでも見たような気分で、たった今空いたレジへと進む。

 俺の方の会計はすぐに済んだ。流れ作業のように、すぐに支払いを済ませる。

 あとはこれを芽衣に届けて、俺も自室でアイスを楽しんで……今日のところはゆっくり休もう。そんな算段を立てながら、コンビニから出る。


「飴本くんだよね、キミ。一年生の」

「え」


 人生で出待ちされる経験なんて滅多に起きない。

 それが関係値ゼロの綿貫先輩だったので、俺は腰が抜けそうなほど驚いた。感情を抑制する訓練をしてなかったらその場に「うわああああ!」とでも言いながら倒れ込んでたかもしれない。


「そ、そうですが……なにか?」

「私、二年の綿貫わたぬき璃乃りのっていうんだ。同じ学校なんだけど、知ってるかな」


 いえ、今朝まで知りませんでした。下の名前はいま知りました。

 なんて言っちゃうほど、初対面との距離の測り方は下手じゃない。やや不安そうにこちらを見る綿貫先輩に、精一杯の愛想笑いを浮かべる。


「ええまあ、噂に聞いたことはありますよ。学内でも有名人なんですよね?」


 ファンらしい同級生がいたくらいだ、きっと有名人に違いない。

 そんな事なかった場合は赤っ恥をかく事になるけど――綿貫先輩はこくりと首肯しゅこうしてくれた。よかった、合ってたか。そもそもなんで知ったかぶっちゃったんだ俺。


「有名人なんて大袈裟だけどね。少しだけ注目を集めやすいのは自覚してる。だから、今日ここで会ったことは内緒にしてほしくて」

「ああ、はいはい。なるほどですね」


 こんな夜中に、大量のエナドリ購入のため出歩いてたことが学内に広まったら、少々面倒なことになる――そんな判断のもと俺を待っていたようだ。


「秘密にしてもらえない、かな?」

「はい、分かりました。だれにも言わないでおきます。ていうかあの、俺からも聞きたいことがあるんですが――」


 どうして『目立たない後輩』代表であるところの飴本の名前を知っているんですか?


 そんな質問をする前に、綿貫先輩が「よかったぁ」とへなへな崩れ落ちた。長い安堵のため息が、静かな住宅街にすぅっと溶けてく。


「……う゛、緊張が解けたら、一気に……ぎもち悪くなってきちゃった、かもだ……」

「ええっ? 大丈夫ですか、動けますか?」

「……少々まずいかな……しばらく休憩がいりそう……」


 車の一台も泊まってない駐車場で、しゃがみ込みうずくまる美人な先輩(体調不良) その横には重そうな袋がふたつ。そして徐々に溶けていく俺と芽衣のアイス。時刻は深夜0時を回ろうとしていた。


 もしかして:緊急事態?


 俺がまごついていると、先輩が弱々しく笑いかけてくる。


「ぅあ、困らせちゃったかな……ごめん、たぶん貧血。稀にあることだから気にしないで。私は……ここで休息とってくから」


 綿貫先輩はよろりと立ち上がり、キャンペーンののぼり近くにまたしゃがみ込んだ。

 ……ここで休息を? こんな肌寒い中でか。家族に迎えに来てもらうとかできないんだろうか? いや無理だ、スマホ忘れてるんだこのひと。


「ご家族のかたに連絡は要りますか。スマホ、よければ貸ししますけど」

「ううん……ひっそり家から出てきたから……バレたくないんだ」


 不調のためか徐々に小さくなっていく声。しかし、そこには確かな意志が見えた。


「心配しないで。少し休めばよくなるから……」


 いやいやいや。現実的に考えて、こんな具合悪そうにうつむく先輩に「そうですか。それでは!」で済ませるわけにはいかないと思う。


 それなら、まぁ……しょうがないか。

 経験上、行動の指針を決めるのは早いほどいい。俺は、頭にパッと浮かんでいた選択肢に従ってみる。


「あの。関係値ゼロの先輩にこんな提案するのは、おこがましいかもしれませんけど……」

「? なにかな」


 スマホを取り出して、芽衣に電話を掛けてから、綿貫先輩に手渡す。

 体調不良で青白い整った顔が、不思議そうに俺を見上げていた。震える手が伸びてきて、通話待ち状態のソレを受け取る。


「俺の家が歩いて2分もしない距離にあるんです。よければ、そこで小休憩していきませんか? いちおう綿貫先輩と同学年の姉もいるので。そのとおり」

『やほー、もしもし何ー? あ、待って当てる。お姉ちゃん好みのアイス忘れちゃったんでしょ。みなまで言うなだって、あたし優しいから何回でも教えてあげちゃうよ☆』

「この声……隣のクラスの飴本芽衣さんだね」

『だっ、誰ぇ!? どちら様の女の子!?』


 スピーカーにしてなくても芽衣の声がここまで貫通してる。


 こんな賑やかな姉がいるとわかれば、警戒心も薄れてくれるだろうか。高校生とはいえ男性が深夜に家へ誘うなんて、よくないことではあるから。

 でも、こうも苦しそうに肩で息してる先輩を、寒空の下に放っておくこともできなかった。


「ただのお節介かもしれないんですけど。こんな夜更けに、体調不良の女性がひとりでは危ないと思うんで」

「んー、っと……本当にいいの?」


 悩む様子と、真剣な瞳での確認。


「はい。もしもアレだったら断ってもらっても全然かまわないです。むしろ――」

『ちょーい透也ぁー説明しろー! え待って、これ透也のアカウントだよね? どゆこと? お使いついでに真夜中デート? ……泣くよぉ? まずアイス食べれなくてイチ泣き、可愛い弟に謎の彼女できててフタ泣きいくよぉ!?」

「むしろ俺たち姉弟きょうだいのほうが、迷惑を掛けるかもしれませんから。それでもよければ」

「ふふっ。なら、お言葉に甘えようかな……お姉さんにも説明が要りそうだし」


 誤解をどんどん広げてく芽衣に苦笑して、綿貫先輩は俺の家での休憩を決めてくれた。


 思いきった提案が受け入れられた事にホッとする。もちろん表には出さないけどさ。


「それじゃ、ゆっくり行きましょうか。袋ふたつは俺が持ちますよ」

「本当? 助かるよ……現状、ひとりだと持てる気がしなくてね、困ってたんだ」


 へにゃり、という弱ったような笑顔。今朝がた確認した出来すぎな微笑みよりも人間臭い。正直、俺はこっちの方が好きだなぁ。


 ところで、自分で言い出しておいてなんだけど。この重そうなエナドリの袋×2って俺に持てるのかな。

 ……脱臼だっきゅうぐらいは覚悟しておこうと思った。

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