第28話 先延ばしの結末とつよつよな提案
10月も下旬に差し掛かり、いよいよハロウィンが近づいてきた。
クラスでは「仮装は何にする」だとか、「来月の文化祭が楽しみ」だとか、そんな話題がぽつぽつ現れ始めてる。
どうでもよかった。世間の興味なんか気にしてられないほど、俺はある件で焦っていた。
「もう金曜なのに、まだ契約のこと言いだせてない……」
絶望しすぎて教室なのに呟いちゃったよ。最初に決意してから二週間だぞ。
綿貫先輩とは今週も欠かさず顔を合わせてたのに、契約の「け」の字も告げられなかった。
先週土曜の来訪のとき、心地いい空気を壊してでも言うべきだったか……どこか機を逃した感があるな。
いつになったら言い出せるんだろう……
いや、そんな心意気じゃ無理だ。決めた、この後だ。先輩と顔を合わせたらすぐにでも言おう。
何度目かの決意をしながら、放課後に入りたての騒がしい教室から出る。
気分はしっかりサガっていた。契約について言い出そうとする度にこれだよ。
この後はスペシャルなリラックスも提供しなきゃなんだから、気分を高めていかないと――
「おっ。最後のひとりは飴本でもいいか。今夜フルパ組んでランクマ行こうぜ!」
よくゲームに誘ってくれる男子が、俺の存在に気づいて輪の中へ誘ってくれていた。悪いけど今日も無理だ。
「あーごめん。俺、大事な話をしなきゃいけない相手がいるんだ。予定が埋まっててさ」
「またかよ飴本〜、最近ガチで忙しいんだな」
一学期は、ゲームの誘いなら必ず来る男子として認識されてた。特にFPSは慣れてるし、行きやすかったから。
そんなコスパのいい交流さえも最近はできていない。綿貫先輩を最優先にしていたから。
そんな生活も、今日で終わりだ。
「んじゃ、また今度誘うわー」
ゲーマー男子たちはあっさり去っていって、俺はひとり、混雑した廊下に取り残される。
「…………」
帰って、綿貫先輩を待とう。俺は昇降口をめざそうとして振り返った。紫音さんが近距離で俺を見ていた。またですか。
「……飴本透也、『このあと大事な話をする』って聞こえた。その相手は?」
「んー? 家族だよ、ただの家族」
紫音さんからの犯人扱いもこれで最後にするつもりなんだ。涼しい顔して適当言っておいた。
「嘘臭さしか感じない……でも、いいよ。この程度で真実が明らかになるとは思っていない。牽制しにきただけ。そのふてぶてしさこそ、あたしのライバルに相応しいから」
なんのだよ。まぁ気持ちは分かるけど。
何度か精神的に追い詰めあったダウナー系美少女は、謎に俺を認めてるらしかった。
「そのうち、流石のあなたにも誤魔化しきれなくなる日が来る。あたしはその劇的な瞬間を、
「やぁ飴本くん。久しぶりに迎えに来たよ」
「は?」
突如現れたお姉さんの存在に、紫音さんは目を丸くしていた。
「…………はぁ?」
もういちど疑問符を浮かべて、俺に説明を求めるような視線を向けてきた。仕組んでません、こちらにとってもサプライズです……
「ど、どうしたんですか綿貫先輩。えっ、一年の教室に来ずとも、その、いいじゃないですかべつに」
後で会えるのに、どうして今日に限って?
「こないだキミの過去を教えてもらってから、後輩愛が止まらなくてね。ふふっ、来ちゃった。特別な曜日くらい一緒に帰ろうよ。……紫音も、途中までどうだろう」
「……行くわけないでしょ。あたしは、お姉の邪魔になるだけだし。二度と誘わないで」
明確な拒絶。後輩に囲まれてつよつよモードな先輩も、少し寂しそうに眉を寄せていた。
そんな表情変化には目もくれず、俺を睨んだまま紫音さんは言う。
「残念だよ飴本透也。こんなあっけない幕切れ、あたしだって望んでなかった」
「ははは……まあ待ちなって、聞いてよ。俺と綿貫先輩は、帰りの方向がたまたま同じなだけで――」
「現行犯が何を言っても無駄。あたしの勝ちだから。その舌先三寸には乗ってあげない」
見せつけられた控えめなピースは、勝利のVサインだろう。ぺろっ、と舌舐めずりをしてたのは……分かんないけど唇が乾燥してるんだと思う。
「来週からは、あたしも本気でいくから……その理性、徐々に徐々に溶かしてあげる」
「……げ、月曜日から何されんの俺?」
そんな疑問に答えることもなく、ニヒルに微笑んだ紫音さんは去っていった。
異様な雰囲気の美人姉妹。
そんな組み合わせを見てた周囲が、ひそひそ話を始めていた。間に挟まってた俺にも好奇の視線。
……なんか、過去イチで目立ってない?
「飴本くん、ひとまず場所を変えよう。ここだと話しにくいことも多い」
「あ……ですね。そうしましょう」
俺が注目にたじろぐ中、先輩は動じないまま提案してくれる。
「キミと紫音の関係も、聞きたいところだしね。可愛い後輩と妹の仲が気になるのは、姉として当然だと思う。ね。そうは思わない?」
微笑みと流し目が、周囲の後輩たちに向けられた。その途端、俺たちを話題にする声が減る。
部屋での印象とは異なった、頼りにしかならない綿貫先輩の顔だった。
紫音さんと俺のやりとりなんて気にしてないような、芯のある姿。
「それじゃ……行こうか飴本くん」
なのに、何故だろう。クールな微笑の裏で、先輩が俺に対し「むすーっ」としてそうだと直感が告げるのは。そんなわけないのにな。
◆
金曜日なのに、アロマも音楽も漂ってない俺の部屋。
静かな空間ですべての情報を共有し終えると、先輩は神妙な顔でつぶやいた。
「まさか、紫音がクラスで孤立していたとはね。迷惑を掛けてたみたいで、姉として責任を感じるよ」
「いえ、綿貫先輩のせいではないですけど……ビーズクッションに抱きつきながらよくカッコいい顔できますね?」
深刻そうな声にそぐわない、だらっとした姿勢に思わず話逸らしちゃったよ。廊下での綿貫先輩はいずこへ……?
「キミの部屋のこれに抱きつくのがマイブームだからね。慣れた。すでに私の平常運転の一部だとも」
「その抱きつき状態を俺の部屋でのデフォにしないでください……」
「だってこのクッション凄くいいんだもん。これ、是非とも私の部屋に欲しいな。飴本くん倒して奪ってうちの子にしていい?」
「人をダメにするクッションで人としてダメにならないでくださいね。ほら、モードチェンジして。ぱんって手ぇ叩いて切り替えてくださいよ」
「気が抜けちゃって無理ー……飴本くんが手、代わりに叩いておいて……」
初めて聞くタイプのお願いすぎる。
しかし断れもしなかった。腰を下ろした俺は、綿貫先輩の顔近くで、ぱん、と手を鳴らす。
それを聞いた先輩は――まったく動かなかった。えっ、このくだり意味無っ。
「ふへへ……」
今日はいつもより気が抜けてそうだなぁ。なんでどこか安心した風なんだろう……
そう思ってたら、すぐ近くの先輩は眠そうに俺をチラ見して言った。
「……飴本くんの『報酬』が、孤立するうちの妹に歩みよるための情報なんて……キミは、もっと欲張るべきだよ」
「へ? んむっ」
にゅっと細長い手が伸びてきて、俺のほっぺたが挟まれる。またムニュムニュされていた。は、ハマってんのかなこれ。
「……うちの妹の情報集めなんて、雑談で済ませるべきだろうに。律儀すぎる。こっちは、飴本くんに魂まで捧げる覚悟だったんだからね? 求められたら色々あげてたのに……」
「ひゅ、ひゅいまへん、でも決めふぇたことなんでふ」
「もぉ……夜のドキドキを返してよ……でも、それでこその飴本くん、なのかな……私が魅力を感じた後輩にはそういうとこあるね」
俺から手を離して、またクッションにどさっと抱きつく先輩。そのまま、にへらーっという部屋限定の笑顔を見せてくれた。
「私の知る紫音について教えて、キミとの契約は終了か。うん。それでいいよ、飴本くんが望むならそうしよう」
「あ……はい、ありがとうございます」
そして、関係の終わりはすんなりと受け入れられた。
これで綿貫先輩が部屋に来る回数は激減するだろう。なんならゼロかもしれない。寂しくなるな……
「……それじゃあ聞かせてください、紫音さんのことを」
「もちろん。あ、でも、今日じゃなくていいかな」
「えっ?」
「
綿貫先輩も先延ばし呪文の使い手だったのか? 意外な提案に動揺していたら、先輩はなんでもないことのように説明してくれる。
「このまま契約が終わるというのも味気ないし、飴本くん的にも不安でしょ? キミに助けてもらった成果を見せたいんだ」
「あ……つまり、卒業試験みたいな事ですか?」
「上手いこと
なるほど……契約が終わる前に、成長した先輩の姿を見せてくれるのか。良い思い出になりそうだなぁ。
「わかりました。では明後日、先輩が負荷と上手く付き合っていけそうかをチェックしますね」
「うん。それじゃあ日曜日に、街で」
……? 飴本くんの部屋で、じゃなくて?
聞き返そうとしたけど、先輩はすでにスマホ片手に「どこ行こうかなー」と調べ物していた。外出確定だ。
じゃあ、これってデートなのでは……待て待て、浮かれるな。卒業試験みたいなものって話だったでしょ。いやでもデートだろ。え、どっち?
てかどうしよう、何着ていけばいい……!?
直感に問いかけてみたけど、答えはひとつも返ってこなかった。
最近まるで役立ってないな、俺の直感……
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