第39話 ありふれた朝のやり取り


 登校時間をズラしたら、珍しいものが見れた。


 高身長の女生徒が、通学路の信号を待っている。

 背筋は相変わらず伸びてるけど、身体の重心が片脚に寄っていた。肩は少しだけ下がってるように見える。髪のお団子も傾いてた。


 肩にかけた鞄のヒモを握る左手は、力が入ってなさそうだ。

 空いている右手はというと、今まさに口元へ向かってる。「ふぁ……」とあくびが聞こえた。また眠そうだなぁこの人。


 でも、朝から偶然出会えるとテンションが上がるものだった。こんな近距離なのに、俺は駆け足で先輩に近づいてしまう。


「おはようございます」

「ん、飴本くんだ。こんな時間に出会えるなんて。ふふふ、これは夜更かしをしすぎた幻覚?」

「めちゃくちゃ実体ですよ」

「おー、本当だね。このほっぺの突っつき具合、まちがいなく本物だ。いま確信に変わったとも。うん。おはよう」

「触れるまえに気づいて欲しかったですけど……俺の頬、そんなに偽物と判別する上で役立ちますか」

「唯一無二の触り心地だからね? キミの部屋のクッションと共に、私の部屋へ持ち帰りたいところだ」

「俺の頬をリラックスグッズだと捉えてるひとも唯一無二ですよ……」


 頬をつんつんされるのはいい。周囲の後輩女子(綿貫先輩のファンっぽい子だ)に嫉妬まじりのひそひそ話をされるのも、まぁしょうがない。

 綿貫先輩といちばん仲いい後輩の座だけは譲れないから、ほっぺを弄くりまわされようと受け入れる所存です。


 けど、夜更かしをしたというのはいただけないなぁ。

 青信号になって歩き出すと同時に、俺は話題を切り出した。


「で。どうして遅くまで起きてたんですか」

「ぅ……お説教モードの飴本くんだ。……昨日の深夜、珍しく紫音が部屋で通話してるようだったから、つい気になってね?」

「ああ、その件ですか」


 通話相手は俺だった。

 いきなり紫音さんから相談を受けたんだ。クラスに馴染むうえで役立ちそうなノウハウを聞きだされた。

 どうやら結構やる気らしく、『ライバルとして、中間管理職の座も狙っていく……』とか言ってた。『友達作るのも、秒だから。亜音速で作る』とも言ってた。無理だろうなぁと思った。


 そんな昨夜の雑談を思い返してたら、綿貫先輩がジト目を向けてるのに気づいた。


「むー、その口ぶり。うちの妹と話してて起きるの遅れたのかな」

「え。ああまぁ、けっこう遅くまで情報を求められて、気づいたら寝落ちしてました」

「ぇー……いいないいな、紫音ズルい。今日の勉強会はキミの部屋じゃなく通話でやってもいいかもね」


 契約中より頻度は減ったけど、先輩との勉強会は定期的に続いていた。場所はもちろん俺の部屋だ。たしかに通話でもいいけど……


「それ、文脈的に俺の寝落ちが見たいだけですよね。エナドリ飲んで耐えようかなぁ」

「ふふ、バレた。キミを寝不足にするわけにもいかないし、通話の案はやめておこう」


 そんなやりとりをしてる間に、もうすぐ高校だ。

 夜更かししたから出会えた先輩との朝も、そろそろ終わる。

 名残惜しさを感じていたら、綿貫先輩が、そっと、俺の耳元に口を寄せて言った。


「それじゃ、放課後に……いつも通りキミの部屋で会おうね、透也くん」


 美人さをこれでもかと発揮した笑顔が、離れていく。

 先輩は早足になって、一足先に敷地内へ入っていった。

 軽い足取りで、堂々と。周囲の注目を集めながら。


「……ふー、行こう」

 

 熱を帯びた耳たぶに触れて、自分の想いを確認してから、俺も教室に向けて歩きだした。

 好きな人のことを考えながら、ひっそりと。


 放課後はなんのお菓子を買っておこうかなぁ。




____________

<あとがき>

 これにて第一章は終了です。応援ありがとうございました!

 第二章【文化祭編】は、2025年春頃より更新を予定しています。

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 引き続き、『弓道部の美人な先輩が、俺の部屋でお腹出して寝てる』をよろしくお願いします……!

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弓道部の美人な先輩が、俺の部屋でお腹出して寝てる 四条彼方 @shijou_kanata

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