第12話『戦勝祝い』
セレーネ港はとにかく優秀である。
船の爆発があってから半日で港は事故処理が終わり、通常運転を再開している。
だが、病院と医師だけは日が落ちても大忙しだった。
事故直後は重症の者だけが病院に運ばれ、軽症の者は港で簡単に処置をされて家に帰された。
シャーロット号の船医や水夫も駆り出され、負傷者の処理にあたった。
そんな中で、軽傷者や無傷の者は、大事件に直面して気分が高揚してしまったらしく、港町の酒場で戦勝祝いだとばかりに大盛り上がりを繰り広げていた。
その中心にはアレックスとジムが居た。
「『ピッグ』ってのはな。うちで使ってる戦闘用の小舟の呼び名なんだよ。最初は「なんだそりゃ」って思うんだけどな、指示を出すときに、意外と可愛い名前の方が敵が警戒しねぇんだ」
「なるほど。うちのシャーロット号の水夫も、しばらくぽか〜んとしていましたね」
「はは! あの顔は面白かったな。俺がマストを登ったときも口をあんぐり開けてたしなぁ」
ジムがそう言って笑うと、アレックスは興奮し始めた。
「ええ! とにかくジムさんは凄かったです! もたもたしていた私を背負ってロープを登って、その後すぐにフォアマストをすごい速さで登って!」
「アレックスさんよ、ジムは現役の船乗りなんだぜ」と横にいたサムが言った。
「え、ジムさん、水夫なんですか?」
「ああ、俺はフレディ・フォックス船長の船に乗ってんだよ。航海がない時ゃ、港で警備を兼ねて舟漕ぎしてんだ」
「なるほど、だからフォックス殿のことを『キャプテン』と呼ぶんですね。
…そう、フォックス殿も素晴らしいご活躍でした…! 敵船に華麗に乗り込み、スタンリー艦長を救出したあの雄々しさも当然ですが、シャーロット号で戦闘の号令を出された時の凛々しさからすでに私は胸を打たれて…!
ああそういえば、そちらの狙撃手の方々の腕も見事でしたね!」
興奮が収まらず、まくしたてるように騒ぐアレックスの声を聞き、後ろの席で飲んでいた集団がこちらを向いた。
「ローラども! ベタ褒めされたぜ!」
ジムと同席していたマーカスとサムに呼ばれて、後ろの席の数人の男女が立ち上がった。
「おや! お褒めいただき嬉しいことだね。ウチの水夫どもは、アタシらの狙撃を『当てて当然』って態度で見やがってさ。アタシらがどんだけワインを弁償したと思ってんだか、ねぇ? ジョシュ?」
「まったくだ。俺らの凄さを解っちゃいねぇ。俺達だって、ジムと同じ速さでメインマストをよじ登って、あんな遠くに当てちゃうんだぜ? この坊やのように尊敬してくれなきゃぁ」
最初に声を掛けてきた女性は、豊満な胸がシャツに収まりきっておらず、上3つのボタンを外して谷間を惜しげもなく露出させていた。コルセットで腰をきつく締めているおかげで、元々細いのであろう腰がくびれ、肉付きの良いヒップが蠱惑的に揺れていた。
それを見たアレックスは顔を真っ赤にした。
「ど、どうも…、あ!あ!そちらの、お隣の男性は、シャーロット号のメインマストから狙撃なさった方ですね! ジョシュさんというお名前なのですか、貴方も素晴らしい腕前でした!
…そして、あの、貴女は、もしや、ミス・ローラでいらっしゃいますか? フォックス殿が狙撃の指示を出すときにその名を叫んでらして…!」
「んーん? アタシはジル」
「え?」と首を傾げるアレックスにジョシュが愉快そうに笑いながら解説をする。
「あのなアレックス君。『ローラ』てのは狙撃隊のチーム名みたいなもんだ。狙撃隊に指令出す時に堂々と『狙撃隊位置に付け〜』なんて言ってちゃ、俺らもやり辛いしよ」
「元々は、ジルが自分の銃に『ローラ』て名前を付けたのが由来なんだよ。もっとカッコイイ名前にすればよかったのにさ」
可愛らしい声でそう言ったのは、ジルの脇の下からぴょこっと顔を出したそばかすの少年だった。
「え、子供…」
「子供じゃないよ。俺、『ローラ』の一員だぜ」
「え、…だって子供…?」
「だから子供じゃねぇって! もう十三だ! フレディさんがはじめて船長になったのと同じ歳だぜ!」
「えぇぇー…、十三で? フォックス殿が船長に? で、君が狙撃手?…」
「あっは! すっごくいい反応するわねアレックス。 そうよ。ウチは完全に実力主義なの。この子はトム。これでも『ローラ』の中では飛び抜けて優秀よ」
「身体が小さいから、筒の長い銃はまだ持たせらんねぇけどな」
「うるせぇなぁ。これからどんどん背が伸びて腕も上がるぜ! なんたって、あの白い男の額を切ったのは俺なんだぜ!」
そう少年が自慢気に言うと、アレックスは言葉を失って、ほわぁ・と気の抜けたため息を吐いた。
「皆さん…なんて方たちでしょう…。私、あなたがたと戦えるのを光栄に思います」
その言葉に場に居たセレーネ港の住人がワッと杯を掲げた。
「嬉しいじゃないか!アレックス!」
「アタシらあんたが気に入ったよ。戦になったら絶対死なせないから任せな!」
ジルにぎゅっと抱きしめられたアレックスは真っ赤になって慌てた。
「あ!ありがとうございます、ジルさん!あの、胸が…! 胸がその…はい、私も感激で…胸がいっぱいです…」
「あらそぉ? ふふ、本当にいい子ね」
「アレックスさん、すっかり人気者になったなぁ。胸いっぱいとか言わず、何杯でも飲んでけよ。おごるぜ?」
「あ、いえマーカスさん。せっかくですが私、もう行かなきゃ。スタンリー艦長のお怪我が心配です」
「何言ってんだ。その艦長に、看病なんかいらねぇって言われて、此処に来たんだろう?」
「ええ、でも警護だけでもと思って。フォックス殿までも大怪我なさったのに、酒場に来たりしたら怒られます」
「いや、怒られるっつってもよ…。スタンリー艦長がこいつら全員怒るのは無理だろう」
「…ああ…それは……はい…」
その酒場では、港の水夫と仲良くなったシャーロット号の乗組員たちのほぼ全員が、士官も一緒になって乾杯しながら笑い合っていた。
艦長のお怒りなど、今はどうでもいいという盛り上がり様であった。
海賊たちと呪われた財宝のおはなし 小田切 瞬 @odagiri-goriko
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