第三話 騙る王子は語らない

 ルイはバカだ。バカで最低な人でなしだから、考えることも大体ろくでもない。

 もちろんぼくは親切心から、本人にもちゃんと教えてやった。


 そんな話をしたのは、ルイが生きていて、ぼくが今のようにルイの死体を着ていなかった頃。


 カビの生えた古文書、怪しいまじない、ぼくですらよく分からない何かを片っ端から試して精霊であるぼくを呼びつけ、意思の疎通を図ることに成功したバカ……ルイは、この国の成り立ちやら加護について、うんざりするほど質問攻めにしてきた。


 そして、バカで最低で人でなしな計画を明かしてきた。

 享楽的で文字通り人ではないこのぼくですら呆れ返る、ろくでもない計画だ。

 でもあいつはバカだから、ぼくのありがたい感想と忠告に対し、不思議そうに瞬きをして首を傾げてた。


 そもそも人間の目には見えない精霊っていう存在を、なんでこいつは信じてんだよ、って話からしておかしい。意味が分からない。


 でも、あいつはそういう人間だった。そういう意味不明なことばっかり、大真面目に考えるバカなやつだった。


 ぼくには少しも理解できない。

 この国の王家に加護を与えていることを、ぼくはもちろん意識の端で認識ぐらいはしていた。でも少しも興味はなかったので、たぶん数百年ぐらい、ぼくはこの国について少しも気にかけてはいなかったし、気にかけるつもりもなかった。


 人間は狡賢く、意地汚くて、自分勝手で愚かで、どうしようもないやつばっかりだ。関わりたくなんてないし、そんな価値もない。


 そんな風にぼくが思っている間に、この国の王政は手の施しようがないほど腐り果ててしまったらしい。それならいっそ、加護も何もかも消えるぐらい燃え尽きてさら地にでもなってくれたら、ぼくは自由になれたのに。


 そんな現状を打破するのだと、このぼくをも巻き込むバカな計画を立てたルイは、穏やかな笑みを浮かべて言った。


 その計画は、少しも穏やかなものなんかじゃなかったけど。




 ルイが殺される前から、ぼくはアンリとルイーズを知っていた。

 二人はぼくが生身の身体を手に入れてから、ようやくぼくという存在を認識したけど。


 しばらく観察した結果、ルイーズもアンリも、揃ってバカだと結論付けた。

 ルイは独善的で自分勝手な大バカクソ野郎だけど、この二人も大概だ。大概だから、今もまだ足元ばっかり眺めて、ぐるぐる悩んで可哀そうな自分たちの境遇を哀れんでいる。


 まあ実際のところ、このぼくも大差ないのかもしれないけど……いや、冗談じゃない。何を言ってるんだ。


 ぼくは別にルイの死を惜しんでるわけじゃない。そんな不毛なことは思ってないし、考えてない。なんでぼくが人間なんかに肩入れしなきゃいけないんだ。そんなわけないだろ。


 ……あいつはバカだ。本当にバカだ。ただでさえ百年にも満たない短命な人間が、死に急ぐもんじゃない。どうせすぐに死ぬくせに。


 そう、ただ死に急いだバカだと嘲笑っているだけだ。

 人間め。これだから人間なんて大嫌いだ。


 精霊のぼくは少しも理解したくない。その不器用さも……いや、不器用とかそういう次元の話じゃない。

 ただのバカだ。大バカ野郎だ。


 アンリとルイーズもバカ。みんなみんな、どいつもこいつもバカだ。バカばっかり。これだから人間に関わるのは嫌なんだ。


 この一年、アンリはぼくを見る度に顔色を悪くして、吐いて、倒れて、悪夢にうなされている。その度に、ルイーズはぼくを責める。


 哀れなアンリと、バカなルイーズ。


 そんな二人もようやく、停滞することに飽きたらしい。

 涙こそ流してはいなかったけど、十分泣き暮らして、満足したのかもしれない。一年も経ったし。


 二人揃って出かけた今日は、もしかしたら大いなる一歩と呼ぶものなのかもしれない。あまりにも、ささやかだけど。


 そんなささやかな一歩を踏み出すのに、一年も費やしたアンリとルイーズ。二人の中で、ルイの存在は今も色褪せない。


 そうとも、忘れさせてなんてやるもんか。

 やったことを、その目に突きつけてやる。ぼくのこの姿を見る度に思い知ればいい。ずっと、ずっと、覚えていればいい。


 あのバカのことを、ずっと、永遠に覚えていればいい。


 そういえばあいつ、「精霊なら瞬きの間でしょう?」なんて言ってたっけ。

 もちろん、実際はそんなわけない。確かに振り返れば瞬きの間だった、とか思うかもしれないけど。


 いやいや、その時過ごしてる時間が流れる速さは同じだよ。何言ってんの。


 ほんと、ルイがバカ過ぎて、嫌になる。




 


* * * * *






 ――さあ? 私は人の首を斬り落としたことなどないので、想像するしかできませんが。

 確かに、そうですね。あなたの言う通りかもしれません。人間は、親しい者の首を斬り落としても平気なようには、できていないかもしれません。心が乱れ、精神に支障をきたすかもしれません。


 ええ、それでもです。私はその役目をアンリにお願いしたいのです。どうしても。


 人でなし。ふふ。そうですね。そうかもしれません。実際一度は断られました。取り付くしまもないほど、めちゃくちゃ断られましたけど。


 いえいえ。もちろん、ごり押しで引き受けて貰いましたよ。最終的には、妹と私とどっちを殺すか、という二択にして。

 ……まあ、いや、あまりにも即答過ぎて、もう少しぐらい悩んで欲しいとか思いましたけど。かといって、じゃあ妹を、とか言われても困るので、いいんですけどね……。


 まさか。どれだけ私を最低な人間だと思っているんですか。そんな嫌がらせみたいなことではありませんよ。


 実はね、私は死が恐ろしいんです。


 いえ、冗談ではなく。

 怖いですよ。とても怖い。その時を想像するだけで、気が滅入るぐらいです。


 でも、アンリならきっと上手くやってくれるに違いありませんから。私が少しの痛みを感じる間もないぐらい、苦しまずに済むように、ものすごくきちんとやってくれるはずです。

 王家は恨まれていますからね。彼以外には恐ろしくて頼めません。


 そうですよ。それでも私は王子だから。王子として生きて、死ぬ。それが誇りです。


 そうですね、まあ確かに。私は王子として生まれて王子として育てられたので、この感情はそうなるよう刷り込まれ、作られたものなのかもしれません。

 でも、それがなんだというのです。


 作られたものでもなんでも構いません。私はこの国を愛しています。それが私にとっての真実ですから。

 どれだけ民が愚かであっても、そんなことは関係ありません。この国に住まう、この国の民であればそれだけで、私には愛おしい。我が子のようなものです。


 愛おしい我が子たちに、そして私に尽くしてくれるアンリや、哀れな私の妹に、そして未来を生きる子どもたちに、より良い国を贈りたいのです。

 この命を懸けるに足る、崇高な望みだと思いませんか。


 ふふ。そう、彼らは我が子らの中でも特別です。二人は私を恨むかもしれませんが、それでもやるべきことはやってくれます。信頼に足る者達です。


 あなたの加護に胡坐をかいて、一度は腐り果ててしまいました。それでも、人はかくも足掻こうとするのです。腐った根を断ち切り、何度でも。


 あなたの言う汚泥の上に、再び国を作り直します。


 そうですね。一から、というわけではありませんが、それでも時間はかかりますね。

 革命の後、再び王の存在を民が望み、その上で王政を復古させます。自らの手で倒した王を望むのです。それは、より強固な王への支持となるでしょう。

 この国には王が必要です。民が自ら望み、その望みに応え立つ王が。

 もちろん、一朝一夕にはいきませんよ。でも、きっと精霊のあなたには瞬きの間でしょう?


 ぜひ、見ていてください。あなたが守ると約束してくれた、人というものを。

 あなたがかつて愛した人間という生き物を。強かで、美しいその営みを。作り上げる、美しく、優しい国を。

 当然ですよ。精霊に愛された人間が作るのですから。他のどんな国にも勝る、素晴らしい国です。


 その時にはもう私はいないでしょうが、約束します。

 私の想いをいしずえとして、彼らは必ずや成し遂げるでことしょう。


 人間を愛してくれる、親愛なる、友のあなたに。

 必ず、お目にかけますとも。






<完>

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精霊王子と死者の王国 ヨシコ @yoshiko-s

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