第29話 助かったは助かった……けれど問題がある
それでどうなったのか?
助かったは助かった……それは確かだ。けれど問題がある。
理屈では説明がつかないことが起きている。
雪華、
幼い
宦官は目を剥き、口をぱくぱくと動かしながら腰を抜かしてしまった。
少し前――雪華が黒い糸を断ち切った直後、賊は剣を滑らかに抜きながら右足を半歩前に出した。
それにより尖った何かを踏むことになる。
――男は何を踏んだのか?
それは少し前まで長方卓に置いてあった茶器だ――朱翠影が雪華と豆妹をかばう前に、とっさに卓上の茶器を右手で弾き、男に投げつけた。額に当たったそれは床に落ちて砕けた。
男の足を包んでいた草で編んだ
転びそうになった男が慌てて腕を捻ったことで、抜き身の剣が制御を失い、鋭利な刃の部分が彼自身の胸下に当たった。それが上着の
そのまま男は体をねじりながら床に転ぶ――すると剣が直立した状態で床と男のあいだにしっかりと挟まった。剣柄は床を突き、剣先は男の体のほうを向いて。
倒れていく過程で尖った先が斜め上向きに体を串刺し――肋骨を避けて心の臓まで到達した。
伏せの状態で息絶えた男は膝を折り曲げ、背中から鋭い剣先が突き出ている。
「娘――そなたは妖術使いか?」
戸口から凛とした声が響き、雪華はハッと我に返った。
視線を店の入口に向けると、すらりとした男が立っているのが見えた。逆光になり、ここからだと顔立ちはよく分からない。
しかし……あの見るからに上等な
「――
朱翠影が礼をとりながら折り目正しく呼びかけた。そして雪華を横目で見て『君も
雪華も朱翠影のやり方を
七歳でもよく頭が回る豆妹は、椅子を迂回して雪華の隣に並び、さらに後ろに下がった。
腰を抜かしていた宦官も泡を食って立ち上がり、すぐに礼をとる。
なぜ皇帝がこんなところに……眉根が寄りそうになる雪華の疑問を、朱翠影が代弁してくれた。
「……都にいらっしゃるはずでは?」
彼が慶昭帝に尋ねるのを聞き、雪華は『噂のとおり、兄弟仲は悪くないのだな』と思った。慶昭帝が弟を嫌っているならば、目下の朱翠影から気安く話しかけられる空気を作らないだろう。
「面白そうだからお忍びで来てみた」
笑み交じりの声が返される。視線を伏せていた雪華は、慶昭帝が足を進めて店内に入って来る気配を感じ取った。
お忍びで来てみた、って……慶昭帝、その姿だとまったく忍べていないですが……。
普通、皇帝は田舎の山村をこっそり視察なんてしないし、百歩譲ってするならば、もっと簡素な衣装を身に纏うべきである。たとえば体に巻きつける形の
おそろしいのはこれだけ堂々としているのに、
「それで」
慶昭帝が続ける。
「妃のひとりに加わるはずだった
なぜ知っている……雪華は冷や汗をかいた。
その会話はだいぶ前にしたものだ。
ちらりと視線を上げると、慶昭帝は死体のすぐそばまで来ていた。逆光がなくなったので、面差しを確認することができた。
――なんとまあ、華やかな……。
兄弟そろって美しい顔立ちをしている。ただし属性はまるで違う。
朱翠影が『端麗』なら、慶昭帝は『華麗』。
朱翠影が『月』なら、慶昭帝は『太陽』。
朱翠影が『銀』なら、慶昭帝は『金』。
後宮の臨時女官 ~悪縁を断つ救国の巫女は皇弟に溺愛される~ 山田露子☆12/10ヴェール漫画3巻発売 @yamada_tsuyuko
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